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リトル・ブラザーが02年に発表したインディ・デビュー・アルバム『リスニング』ほど、その後、大きなアクションを起こしたアルバムも珍しい。リトル・ブラザーは、90年代前半にネイティヴ・タン一派が起こしたニュースクール・ムーヴメント・サウンドにオリエンテッドなラップ・グループである。フォンテとビッグ・プーのソリッドなラップ・パフォーマンスはその頃のN.Y.産ラップをイメージさせるし、ソウルフルなトラック群はその頃の面影を強く持っている、というかストレートに反映しているものである。で、それらのトラックを制作しているのが本稿の主役、9thワンダーだ。
9thワンダーは今(05年のメインストリーム)で言うカニエ・ウェストやジェイムズ・ポイザーらを彷彿させるプロダクション手腕を持ち味とする(そのことは後でさらに言及)。つまり、彼はサンプリングというヒップホップの美学であり王道トラック制作手法を用いて、ソウルフルで甘い果汁が滴り落ちるほどジューシー/フルーティ/フレッシュ、そしてライトなサウンドを創り出すのである。そのさまはピート・ロックのごとき“サンプリング魔術師”っぷり。しかもソフト・サンプラーを中心に、コンピュータのキーボードを優しくマッサージしながらトラックを制作しているのだという。もちろん、SPなんたらやMPCなんたらも使っていないとは思わないが、どうだろう?
そんなある日、9thワンダーのハイセンスなサウンドがある青年実業家の耳に留まった。ジェイ・Zである。たぶんジェイ・Zは、9thワンダーが(その頃敵対していた)ナズのアルバム『ゴッズ・サン』(02年)のア・カペラを無断でこねくりまわして作った、ナズのアルバム丸ごとリミックス作『ゴッズ・ステップサン』を聴いたのだろう。もともとカニエ・ウェストやジャスト・ブレイズを自身のアルバムのプロデューサーに起用するなど、キャッチー&ソウルフルなサウンド・プロダクションを好むジェイ・Zである。すぐに9thワンダーにコンタクトし、自身のラスト(と大々的に本人が言っている)アルバム『ブラック・アルバム』(03年)の収録曲「スレット」でプロデューサーに抜擢したのだ。それからは、もはやシンデレラ・ストーリーのごとく、9thワンダーはメンフィス・ブリークやデスティニーズ・チャイルドのトラックを手がけるトップ・プロデューサーのひとりに転身した。さて、話は前後するが、ジェイ・Zがその『ゴッズ・ステップサン』を聴いたであろう根拠は、このアルバムで「ア・カペラ勝手に使ってリミックスしちゃうぞ」という手法の面白みを知ったジェイ・Zは、前述の『ブラック・アルバム』のア・カペラを無料で配信し、世界中のアングラ・トラック・メイカーどもにリミックスさせたのである。ラップ・ゲームが誇るトップ・ラッパーのア・カペラを自由に使っていいというお触れが本人から出たら、そりゃあリミックスするでしょうよ。で、結果、数多くのリミックス作品が生まれたが、その最たる存在がデンジャー・マウスによる、ビートルズ『ホワイト・アルバム』とジェイ・Z『ブラック・アルバム』を混ぜ合わせた、かの有名な『グレイ・アルバム』である。つまり9thワンダーがいなければデンジャー・マウスがゴリラズの2ndに関わることはなかったのだ(と思う)。というか、9thワンダーよりも前にMF・ドゥームが……ブツブツ……。話が脱線してスミマセン。
とはいえ、9thワンダーがアンダーグラウンドに根ざした活動を疎かにしているわけではない。05年現在、自身のグループであるリトル・ブラザーの2nd(はメジャー作だが)も初ソロ作(インディ・レヴェルではビート集を多く発表しているが、日本にはほとんどインポートされていない)も着々とリリースに向けて制作しているようだし、自身が属す地元ノース・キャロライナのクルー=ジャスタス・リーグのメンバーたちのフック・アップも忘れてはいない。それはシーザー・コマンチェ、レガシー、スプラッシュ、メディアン、アウェイ・ティーム(DJクライシス&ショーン・ブーグ)、フォーリン・エクスチェンジ(フォンテ&ニコレイ)などである。ちなみにフォーリン・エクスチェンジがジャスタス・リーグ所属かどうかは定かではない。その他にも、マーズ(リヴィング・レジェンズ)、ジーン・グレイ(元ワット・ワット)、ショーン・プライスやバックショットらブート・キャンプ・クリックの面々、コンシークエンスやマスタ・エースなどのN.Y.の大モノなど、実に幅広く実に多彩に、そして超大量にトラックを提供している(一説にはクリエイティヴ・コントロールが狂ってしまったヤッツケ仕事もあるとの噂)。
そんな9thワンダー、これからもどんどん大きな男になっていきそうな予感がヒシヒシと、いやビシッビシッと力強く伝わってくる。今後もその動向に注目。

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