バーチャルねこ、周防パトラ、ワニのヤカ、バーチャルお寿司、ミディ……バーチャルシーンで活躍するトラックメイカー

 ロックシンガーやラッパーとしての実力を備えるバーチャルアーティストの記事はこれまでに執筆してきた(※1、2)。しかし、彼らの曲を作る者たちについて考えるためには、まずリアルとバーチャルの音楽活動の差について語らねばなるまい。

 リアルのポップミュージックシーンにおいては、まず主に歌唱という形で表現する実演家の存在があり、作詞・作曲・編曲を手掛ける作家がその存在に向けて楽曲を制作するか、自分自身で曲を作るか、シンガーソングライターによる楽曲提供というパターンが多いように感じる。その一方で、初音ミクが爆発の一端を担ったネットカルチャーはクリエイターがボーカロイドを活用して楽曲を発表し、それを人がカバーすることで文化が形成されてきたため、リアルな音楽シーンと比べると楽曲制作者や楽曲自体により耳目が集まりやすい構造となっている。それだけに、曲そのものの作家性が強く、語り甲斐のあるクリエイターや作品にあふれている。そんな中でも、バーチャル活動も行う者たちのことを紹介しよう。

V(irtual)Logの先駆者にしてchillトラックメイカー バーチャルねこ

 バーチャルねこは、バーチャル界全体を見てもかなり初期に登場した存在だ。写真をトレースしたようなゆるい線で象られたねこをアイコンに活動している。「ねこ活動」というシュールで日常に寄ったショート動画の投稿を現在も続けている。類似の例で言えば、「パペットスンスン」などがある。

【バーチャルねこうた】Rin / 旧世紀科学のユートピア

 彼が制作するのはチルな曲が主だ。2018年5月という、早い段階でチルビートに着手していたことも注目に値する。ジブリ風の少女が勉強していたりアライグマが登場するようなLo-Fi曲と違うのは、ノイズや環境音を取り入れ、休符を活かしてインダストリアル風味に曲を仕上げている点だろう。静かできれいな通奏音の上を、少し異質な音が飛んだり跳ねたり止まったりして興味を引き続ける。作業用BGMにしては、いささか魅力的すぎるだろう。

 バーチャルねこは、深いパーソナリティを見せることは少なく、ほんの少し上のレイヤーに箱座りしたまま、日常の近くにいるという、正しく町中で見かける猫のような距離感を持ったアーティストだ。気に入った曲をチルアウト用プレイリストに混ぜ込んでランダム再生すれば、輪郭のぼんやりしたねこがたまにふっと現れる。それ以上に幸せなことはないだろう。

おやすみまでの耳を満たす最高の俺の嫁 周防パトラ

 周防パトラは774Inc.のVTuberグループ・ハニーストラップに所属するライバーの一人。彼女の代名詞は毎週月曜日に行われているASMR配信で、その音声作品はDLsiteアワード「ASMR オブ・ザ・イヤー」を2020年、2021年と2年連続受賞している。その売上のほとんどを投じて今でも配信環境を更新し続けているという。バンダイナムコが展開するプロジェクト「電音部」に楽曲提供を行っているなど、実力に折り紙付きのトラックメイカーでもある。

【オリジナル曲】シュガーホリック / 1stアルバムスペシャルMV【周防パトラ / ハニスト】

 彼女が制作する楽曲はアップテンポかつハッピーなチューン。歌唱を務める本人の声がいわゆる“アニメ声”的な可愛らしさなので、それを聴く誰もが電波ソングを想起することになるだろう。しかし、音の厚みがあるのが彼女の曲の特徴だ。チップチューンのようなサウンドとポップス的なニュアンスのあるシンセに耳を傾けていると、骨太なパーカスに驚かされることになる。聴けば活力が湧いてくることは間違いない。

 現実に疲れたリスナーたちを癒やし鼓舞することに全力を注ぐ彼女の底なしの献身は、まさにあの日に想像した「俺の嫁」が形をなしたよう。ハッピーハードコアを求めて彼女の曲を聴き込んでいる内に、きっと彼女の虜になっていることだろう。楽曲もASMRも侮ることなかれ。聴き始めた夜には、彼女の配信に“こんばんわんわん”していることだろう。

バーチャル音楽を丸ごと支えていると言っても過言 ワニのヤカ(YACA IN DA HOUSE)

 彼には何通りもの名前があるから、なんと呼べばいいのか。確か、筆者が最初に知ったときは、ワニのヤカ。最初から素晴らしい曲を作ると思っていた……と、『El Shaddai-エルシャダイ-』のティザー映像のパロディで語ったのには理由がある。それだけに活動の幅が多彩なのである。nyankobrq(にゃんこぶら) & yaca名義としての活動の他に、MonsterZ MATE コーサカとのユニット・ワニとコウモリとしても活動し、KMNZの楽曲制作チームKMNクルーでもある。この場においては、バーチャルに単独で顔を出す時の名義であるワニのヤカとした。

Auto Save [YACA IN DA HOUSE]

 その活動の幅と同様に、作るトラックも実に多彩だ。チルやシティポップのエッセンスが入ったトラップやハウスを主軸としながらも、テーマに合わせたドンピシャの音をはめ込むことができるのが“YACA IN DA HOUSE”だ。クトゥルフ神話をベースに作られた舞台『狂気山脈単独登頂』に寄せた楽曲「Hold」でみせた、宇宙的恐怖を誘う民族的なボンゴや金属音などは好例だろう。「KMNSKOOL」のKMNZ的な可愛さと融合したオールドスクールの再解釈も素晴らしい。

 いろいろと聴き漁っている内に意識せずとも名前を覚えてしまう活躍としっかりとしたクオリティの楽曲には、敬意を込めて“ヤカニキ”と呼ぶ人が多い。彼もまたサウンドを入り口にバーチャルを知る時に最適なアーティストの一人だ。

世界一ロマンチックなお寿司の作曲家 sumeshiii a.k.a.バーチャルお寿司

 バーチャルお寿司は、社会に疲れ、お寿司の中に真理を見出した翌日にこの姿でいたというイヌだか寿司だかわからない生き物。その名の通り寿司を題材にしたオリジナル曲を数多く持つ。楽曲提供にはBOOGEY VOXX「CROWN feat. Mori Calliope」やAZKi「最強×最弱ガール」のほか、5人組ダンスボーカルグループ M!LKに提供した「君とスクロール」という楽曲がシングル『energy』(FC限定盤)に収録されている。

いつか回らない寿司屋で - sumeshiii a.k.a.バーチャルお寿司(2nd Original Song)Itsuka Mawaranai Sushiya De【sumeshiiiチャンネル】

 J-POPを音楽的に紐解く動画を何本もアップロードしている通り、それらから影響を受けた、誰にも親しみやすいメロディの楽曲を制作するアーティスト。楽曲メッセージも寿司に絡めて茶化しながらも優しさにあふれ、ハッピーなコード進行が日常を励ますように聞こえてくる。スキマスイッチ 大橋卓弥を思わせる歌声ながら、よりヘッドボイスに近い響きを残しつつほんの少し高いピッチを持っていることで広いジャンルに対応できることも特徴の一つだ。

 ストレス社会に寿司という武器を担ぎ、キュートな見た目と豊富なポップス知識で、今のままでもリアルに殴り込みをかけられそうなバーチャルお寿司。最新EP『#SUSHISONGS 2貫』ではJ-POP的でないジャンルにも挑戦しているので、この先マルチな展開が予感されるクリエイターだ。

名にし負う実力のバーチャルトラックメイカー ミディ

 トラックメイキングとバーチャルを同時に語るときに、彼女を外すことは不可能だろう。バーチャルトラックメイカーを肩書に活動するミディだ。電音部やにじさんじへの楽曲提供の他に、音楽ゲーム『MuseDash』への参加や、ホロライブのホラープロジェクト「hololive ERROR」の効果音作成など、音作りに関わる広い実績を持っている。自身のチャンネルでは作曲配信や技法の解説をメインコンテンツとしており、バーチャルアーティストやコンポーザーとの対談も多い。

【Future x Garage】ミディ - コンピューターミュージックガール【Music Video】

 オリジナル楽曲は、スネアロールとブレイクが必ずと言っていいほど使用され、EDM由来の盛り上がりと爽快感を持ったものが多く、それが彼女の持ち味と言えるだろう。しかし、作曲を目的とするだけあって、Future BassやElectro Swingなど様々なジャンルを手掛ける。広い範囲を制作しながらその完成度はどれも高く、それぞれのジャンルとして一線級の出来になっている。そのジャンル観の感度の高さも大きな特徴だろう。

 DTMの解説動画は本数も多く、どれもわかりやすい。作曲過程がすべて見られる配信アーカイブも多数残っているので、新しい音楽を求めている人はもちろん、これから音楽を始めようと思っている人におすすめしたいアーティストだ。

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