ハライチ岩井勇気と渡辺直美の歌ネタ「塩の魔人と醤油の魔人」ヒットの理由は? サウンドと歌詞から考察

 6年ぶりに復活して話題を呼んだお笑い番組『ザ・ドリームマッチ2020』(TBS系)。今回もダウンタウンが司会のもと、お笑い芸人たちが普段とは違う相方をフィーリングカップル形式で選び、一夜限りのコンビを結成してオリジナルネタを披露した。出演したのは秋山竜次(ロバート)、オードリー、くっきー!(野性爆弾)、サンドウィッチマン、霜降り明星、千鳥、チョコレートプラネット、ナイツ、バイきんぐ、ハライチ、山里亮太(南海キャンディーズ)、渡辺直美の総勢20名だ。

岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

 優勝をさらったのは、秋山とノブ(千鳥)のコンビ。秋山がクセの強いカメラマンを演じ、ノブを翻弄しながら撮影を進めていくというコント。「嫌なジーパン」といったキラーワードも飛び出して爆笑をあつめた。しかしTwitterのトレンド1位を獲得するなどSNSのバズを含め、もっとも印象を残したのは、「塩の魔人と醤油の魔人」の歌ネタ(リズムネタ)をみせたハライチ・岩井勇気と渡辺直美のコンビではないだろうか。

 なぜ「塩の魔人と醤油の魔人」はおもしろかったのか。いくつかの角度から考察をしてみた。

想定をこえてきた岩井・渡辺コンビ

 まず、どういうネタの内容だったか簡単に振り返ろう。醤油の魔人(渡辺)と塩の魔人(岩井)の前に運ばれてくる、さまざまな料理。魔人たちは、調味料として醤油と塩のどちらがふさわしいか決めていく。ただ出てくるのが刺身やシュウマイなど醤油に合うメニューばかりで、出番のない塩の魔人は表情を曇らせていく。そして調味料決定の瞬間、バズったあの歌がお決まりとして歌いあげられる。

 渡辺が、グリム童話のような世界観をおびながら演劇調で登場してきたとき、個人的にはそれほど好奇心がわかなかった。渡辺の歌唱力、器用さ、キャラクター性で一気に押し切ろうとしている気がしたからだ。

 そもそも前情報では、岩井がバズを狙ってネタを作るとしながらも、「2週間の準備期間中、渡辺はニューヨークに1週間滞在していて、ほぼ日本不在」とあり、不利な状況を匂わせていた。ふたりが実際に会って打ち合わせしたり、呼吸をすり合わせたり、練習をする時間は他コンビほどない。岩井が困惑する様子がオンエアでも映し出された。

 歌ネタは渡辺が得意とするジャンル。でもすでに「出来る人」とわかっているので、ファーストインプレッションとしては「きっとおもしろいだろうけど、無難に寄せてきたのでは」と期待値があがらなかった。「準備時間が足りていない」という先入観もあったので、尚更だ。でも結論からいくと、こちらの想定を岩井・渡辺コンビは圧倒的な跳躍力で飛び越えていった。

バズの引き金となった、クラウス・ノミ

 醤油の魔人の登場から間もなくして、塩の魔人がひょっこりと顔をのぞかせる。そして全貌をあらわした瞬間、わたしは思わず声をあげた。

「クラウス・ノミだ!」

 クラウス・ノミは1944年生まれのミュージシャンで、デヴィッド・ボウイのバックコーラスなどをつとめたのち、ソロアルバムをリリース。そのビジュアルは強烈で、白塗りの厚化粧、後退気味の生え際に3点を盛り上げた髪型、極端に逆三角形なタキシード風衣装。39歳のときエイズで亡くなり、「初めてエイズで死んだ有名人」とされている(余談だが、先ほど「グリム童話みたいな世界観」と称したが、グリムもノミもドイツ生まれである)。有名人とは言っても、決してメインストリームではなく、世界的にもアンダーグラウンドでカルト的な存在。ジャスティン・ビーバーやレディ・ガガのような誰もが知るアーティストではない。

 岩井は、パッと見てそれとわかる格好で出てきた。わたしはネタを見ながらTwitterを起動し、「クラウス・ノミ」でサーチをかけると、同じように興奮気味に反応をしている人たちがいた。

 「塩の魔人と醤油の魔人」がウケたポイントの一つは、塩の魔人が、クラウス・ノミをモデルにしたというところである。

 オールスタンダードな人物ではなく、「自分は気づいたぞ」とつい言いたくなる絶妙なモデルチョイス。さらに「なぜクラウス・ノミなのか」と深読みをしたくなる点。ノミの知識がない人も、岩井のビジュアルは衝撃的だったはず。それは、ノミを知る人たちが彼を初めて見たときに受けたインパクトと類似するものである。知る人、知らない人、双方のショックがバズの引き金となった。

 わたしは本原稿を依頼される前から、「なぜ岩井はクラウス・ノミをモデルのしたのか」に興味を持ち、過去のインタビュー記事などをいろいろ調べていた。現代アート好きであることはおなじみだが、はっきりした糸口はつかめない。ただ岩井の自著『僕の人生には事件が起きない』(2019年)に、「唯一性を求めていて、誰かと同じことをやっていると、自分じゃなくてもいいんじゃないかと不安になる。自分らしさを入れたくなる(要約)」と記されていることから、ノミの唯一無二性への共感を以前から持っていたのではないだろうか。

 あとクラウス・ノミをモデルにしたビジュアルだけではなく、ネタも考えさせられた。醤油の魔人の出番ばかりで、塩の魔人がまったくお呼びがかからない展開面は、「ハライチの“じゃない方”」と言われ続け、腐り芸を編み出した岩井の背景をモチーフにしているようにうかがえる。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる