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鈴木愛理「光の方へ」でも際立つ、赤い公園 津野米咲のギタリスト&コンポーザーとしての魅力

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 6月6日にリリースされた鈴木愛理の1stソロデビューアルバム『Do me a favor』は、彼女らしい意気軒昂たるアルバムだ。°C-ute、そしてハロー!プロジェクトのエースとして長年活躍してきた彼女がグループ解散後、一度はやめようとも考えたという歌に再び向き合い、いま“できること”と“やりたいこと”をすべて詰め込んだような内容である。

鈴木愛理『Do me a favor(初回生産限定盤)(Blu-ray Disc付) 』

 アイドル時代のこれまでを肯定しながら、いちシンガーとしての貪欲な探究心を見せる姿勢は、“Danceサイド”と“バンドサイド”という両極端な方向性にも表れている。アルバムの統一性よりも楽曲単体の強度に重きをおいたような、さまざまなクリエイター、アーティストを迎え入れた楽曲群は、“鈴木愛理”としてのこれからを示すものであるような印象を受ける。

 そんな多彩な楽曲の中でも異彩を放っているのは、赤い公園とのコラボレーション曲「光の方へ」だ。

鈴木愛理×赤い公園『光の方へ』(Airi Suzuki × AKAIKOEN [To the light])(Promotion Edit)

 Buono!「ソラシド~ねえねえ~」、°C-ute「夢」と、鈴木の在籍グループへの楽曲提供を行ってきた津野米咲(Gt)だが、本曲ではコンポーザーとしてのみならず、藤本ひかり(Ba)、歌川菜穂(Dr)とともに、赤い公園としての参加である。歌モノとして成立するギリギリのバランス感覚で攻め立てるバンドアレンジも相まって、赤い公園の新曲という捉え方もできる楽曲だ。

 そして、津野の作家性でもある“耳馴染みは良いが、実際に歌うと難しいメロディ”ながらも“サビに一番高いところを持ってくる”という正攻法で高揚を煽っていく楽曲構図を、鈴木の歌は自分の色を出しつつ綺麗になぞっていく。それは本人も自虐的に口にしている「何をやっても平均点」という、いわば“優等生歌唱”から大きく踏み出した、楽曲と赤い公園というバンドの性質に寄せた器用さでもあり、ボーカリストとして新たな表情を垣間見せる。

 大のハロプロファンで、°C-uteファンだった津野米咲が、こうして鈴木愛理と並んで楽曲を奏でているのだから、古くから見てきたファンはいろいろな想いが巡ることだろう。2014年8月に行われた『めざましライブ』で、赤い公園と°C-uteが対バンしたとき、いつもはどこかクールな面持ちの津野が、°C-uteタオルを高らかと掲げながら満面の笑みで意気揚々と登場した姿を思い出す。

 そんな、両ファン思わずニヤリとしてしまうところが随所にちりばめられた同曲だが、津野曰く「たまにしか弾けないようなフレーズ(笑)」というイントロをはじめとしたグシャッとした“弾きまくっている”姿は、彼女のギタリストらしい主張が炸裂するところだ。

 SMAP「Joy!!」、モーニング娘。’16「泡沫サタデーナイト!」など、コンポーザーとしても高い評価を得ている津野であるが、ギタリストとしても類を見ない突飛なスタイルで一目置かれている存在である。5月に放送された『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系列)では、SUGIZO(LUNA SEA/X JAPAN)、HISASHI(GLAY)が注目するギタリストとして紹介され、出演したことも話題となった。

鍵盤奏者的なギタリスト

津野米咲(赤い公園)インタビュー

 津野はテクニックで魅せていくタイプではないので、その凄さは伝わりづらいところがあるのかもしれない。飄々としたフレーズを弾いてるかと思えば、感情の赴くままに掻き鳴らす。それでいてギタリスト特有の手グセでは弾けない緻密なフレーズやパッセージが多々あり、よく言われるのは「鍵盤奏者的発想によるアプローチ」である。ギターが空間系エフェクトを用い、サウンドの広がりを出していくことは、鍵盤のいないバンド編成でよく用いられる手法であるが、彼女の場合はサウンド、音色といった表面上のものではなく、鍵盤で弾くようなフレーズをギターで昇華し、楽曲に彩りを与えていく。その柔軟かつ奇抜な発想は、幅広い音楽素養を持ちながらも、ロックンロールやハードロックといった、一般的なロックギターのセオリーに則った音楽を通ってきてない彼女だからこそ、生まれるものだろう。

鍵盤楽器のように弾くギターが美しい 赤い公園「風が知ってる」

 先述の『関ジャム』番組内で披露されたLUNA SEA「STORM」カバーでは、HISASHIのギターソロを引き立てながらも、己をしっかり出したフレーズを奏でていたのが印象的であった。そうした“主旋律”を邪魔しないフレーズの組み立て方が見事であり、オーケストラにおけるチェロ、吹奏楽でのユーフォニアム、といった中低音楽器パートの役割である“対旋律”のアプローチを得意とする。つまりそれは、歌モノのロック/ポップスにおいての主旋律である“歌”を絶対に邪魔しないということでもある。

ボーカル(主旋律)に対するギター(対旋律)の突っ込み方が尋常でないように思えるが、歌を邪魔していないどころかむしろ引き立てている 赤い公園「絶対的な関係」

細かすぎてなかなか伝わらない“こだわり”

 そうしたこだわりは、メロディ自体の音のぶつかりだけではなく、歌詞、ボーカルの発音自体との重なりにまで及んでおり、<た>や<か>に比べ、<ず>や<つ>は発音自体が遅いので、そこにギターが被さらないよう、弾くタイミングやフレーズを変えるといった、とてつもない域にまで達している。

 そしてもう一つ、なかなか伝わりづらいこだわりがチューニングだ。ほんの少しだけピッチ(音程)が高いのである。チューナーのメモリ2つ3つ程度、ロック/ポップスで用いられる国際標準ピッチ(ユニバーサルピッチ)の「A=440Hz(ラの音の周波数、NHKの時報の音)」ではなく、オーケストラや吹奏楽で多く用いられるピッチ「A=442Hz」くらいではないだろうか。

 楽器の音色というものは、ピッチが高いと華やかさが増す。ほんのわずかでも、聴感上の印象による効果は絶大であり、オーケストラでは聴き手の高揚感を煽るため「A=442Hz」以上にすることは幅広く用いられる手法である。しかし、ロック/ポップスの世界ではほぼ見られない。逆に、ロックではダークな音色が好まれるため、半音下げなどチューニングを低くする傾向があり、ポップスにおけるボーカルはピッチが上ずった“シャープ気味”だと聴き手が不快に感じる場合が少なくないことから、「若干“フラット気味”くらいが心地よい」とされているところもある。一般的にピッチは低いほうが癒し効果があるとも言われ、インドの弦楽器であるシタールは「A=432Hz」だ。

 エレクトリックギターはチューニングを高くすることで弦の張りが強くなる。楽器自体が明るく鳴ると同時に、電気で増幅する発音構造であるゆえに生じる“歪み”の倍音により、攻撃的でヒステリック気味にも聴こえることもある。赤い公園のサウンドが、良くも悪くも派手で耳に残るのは、そうした仕掛けによるところも大きいのかもしれない。

      

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