Father John Mistyから田中ヤコブまで……オルタナティブな歌心を持つ新作5選

 今回はオルタナティブな音楽性を持ちつつ、個性的なソングライティングで、じっくりと歌を聴かせるアーティストの新作を紹介。

Father John Misty『God's Favorite Customer』

 まずは、昨年の来日公演も記憶に新しいFather John Mistyの新作『God's Favorite Customer』。前作『Pure Comedy』がビルボードのヒットチャート10位を記録。いまや元Fleet Foxesという紹介もいらないほど、Father John Mistyという新しいキャラクターで成功を手に入れたジョシュ・ティルマン。勢いにのるなかリリースされた本作では、Foxygenのジョナサン・ラドーが音作りや演奏に参加しているところに注目したい。ラドーといえば。The Lemon TwigsやWhitneyといった若手のアルバムをプロデュースして手腕を発揮している才人。前作で聴かせた重厚なオーケストラサウンドも交えながら、サウンド面がカラフルになっているのはラドーとのコラボレートの賜物だろう。美しくも物悲しいメロディを軸に据えながら、時にサイケデリックで、アメリカンゴシックなムードも漂わせた物語性豊かな歌を聴かせてくれる。

Father John Misty - "Please Don't Die" [Official Music Video]
Stephen Malkmus & The Jicks『SPARKLE HARD』

 90年代オルタナロックシーンを牽引したバンドのひとつ、Pavementのスティーヴン・マルクマスが率いるStephen Malkmus & The Jicks。4年振りの新作『Sparkle Hard』は久し振りにマルクマスが住むポートランドでレコーディングが行われて、地元のバンド、The Decemberistsのクリス・ファンクがプロデュースを手掛けた。骨太なバンドサウンドに飄々としたメロディを乗せて、爽やかなストリングスやメロトロンで味付けしつつ、奇妙なギターのリフをたっぷり投入。地元録音の影響かいつもより軽やかでマルクマスの奇妙なポップセンスが存分に発揮されている。そんななか、Pavement世代には、Sonic Youthのキム・ゴードンとのデュエット曲が感慨深いだろう。

Stephen Malkmus & The Jicks - Sparkle Hard: The Supercut
コスモ・シェルドレイク『The Much Much How How and I』

 父親は生物学者で、母親はアルタイ山脈の民族に伝わる歌唱法のエキスパートでボイストレイナー。そんなアカデミックな家庭で生まれ育ち、子供の頃からグレゴリオ聖歌やフラメンコなど世界中の音楽に触れてきたコスモ・シェルドレイク。デビュー・アルバム『The Much Much How How and I』は、これまで集めてきた世界各地の民族楽器やフィールドレコーディング音源を使用して作り上げられた。エキゾチックなメロディやリズムに、The KinksやThe Beatlesから影響を受けたポップセンスを忍び込ませていて、コスモの朗々とした歌声はトラッドソングのような趣も。エレクトロニカ界の鬼才、マシュー・ハーバートが共同プロデュースを手掛けていて、架空のワールドミュージックのような不思議な世界が広がっていく。

Cosmo Sheldrake - Wriggle
レナータ・ザイガー『Old Ghost』

 NYのシンガーソングライター、レナータ・ザイガーも多彩な音楽性の持ち主だ。父親がアルゼンチン出身で、母親がフィリピン系移民という両親のもとで生まれた育ったレナータは、6歳の頃からヴァイオリンを学び、クラシック、ジャズ、タンゴ、ブラジル音楽など様々な音楽を聴いて育ち、やがてヴァイオリン/鍵盤奏者として、Ava LunaやTwin Sisterの作品に参加。NYインディーシーンで活躍するようになる。そんな彼女の1stアルバム『Old Ghost』は5年間かけて作り上げられた。バンドを従えてレコーディングした本作は、独学で修得したギターが奇妙なフレーズを奏でるなか、躍動感溢れるドラムが駆け抜けて行く。複雑に構築されたサウンドはシンフォニックで、トロピカルな旋律や甘いコーラスがノスタルジックなムードを醸し出し、レナータの澄んだ歌声が宙を舞う。その知的なポップセンスは、St. Vincentと通じるところも。

Renata Zeiguer - Follow Me Down (Official Video)
田中ヤコブ『お湯の中のナイフ』

 最後は日本人アーティストを。ラッキーオールドサンのサポートギタリストとして注目を集めていた田中ヤコブが、トクマルシューゴのレーベル、〈TONOFON〉から1stアルバム『お湯の中のナイフ』をリリース。ギター、ベース、ドラム、ピアノなど、すべての楽器を田中がひとりで演奏していて、曲からは60〜70年代のアメリカンカントリーロックの匂いが漂ってくる。といっても、ルーツ音楽をマニアックに探求しているというより、古着屋で手に入れたシャツを気に入って着ているようなカジュアルさ。録音にはトクマルが参加していて、宅録らしい手作りの音遊びにも個性を発揮しつつ、人懐っこいメロディに切り込んでいくエモーショナルなギターが強烈な存在感を放っている。ロマン・ポランスキーの映画をもじったタイトルからも伝わってくるような、良い湯加減にレイドバックしたサウンドと切れ味鋭いギターのバランスがユニークだ。

田中ヤコブ「ヤコブな気持ち」

■村尾泰郎
ロック/映画ライター。雑誌やライナーノート、パンフレットなどで音楽や映画について執筆中。監修を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック1978-1999』(シンコーミュージック)などがある。

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