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- 2018.04.16
他者と手を取り理想を目指すアルルカン
それでは、アルルカンは何をもって次世代なのかということに話を移したい。2015年に『ミュージックドラゴン』(日本テレビ系)に出演した際、名古屋系に関連する発言として、奈緒は「激しさと切なさの両立した名古屋系の音楽にメンバー個々のニュアンスを足し、新しい名古屋系として次世代名古屋系を名乗ることにした」と、また、暁は「誰もが誰かのフォロワーになってしまっているからこそ、バンド内の人の人間性が重要になってくる」と話している。
ここで重要になるのがボーカル・暁の存在である。彼はこのバンドの象徴であり、彼の生き様や自身の気持ちとの向き合い方から紡がれる歌詞や言葉に胸を打たれ“ダメ人間”(ファンの総称)になった人も少なくない 。
生きてて楽しい事なんて
今までそんなに無かった?
それでも良い それでも良い。
だから感じることもある
「生きてきた」時間の上
どれだけ苦しんだとしても
いつか何かに変わってく
歪なままの僕らまるで
不完全なこの世界みたいで(「ジレンマ」より)
アルルカンは元々、暁自身が“生きている実感を得る”ために始めたバンドであると言われている。彼らの代表曲のひとつである「ジレンマ」は、世の中に生き辛さを感じている暁だからこそ書くことができたものだろう。アルルカンの歌詞には、周りと違うことを肯定するメッセージが宿っている。さらに「クオリア」ではこう歌っている。
もし僕が“嘆く”なら
それはそう“生きた”から
誰かに何かされた所為じゃない
信じたい今までと綺麗事
僕から見えた“青”
それでもいつの日にか
「君の青は僕の青」
勘違いで良い そう言えたなら
烏滸がましくも誇らしく
そんな夢を抱いて生きよう(「クオリア」より)
周りと違うことは悪いことではないし、決して分かりあうことはできないけれど、それを認めた上で分かりあえる日を夢見ているーーこれはライブでの一体感を重視せず、孤高の存在であった先人の名古屋系バンドとは絶対的に異なる点であり、アルルカンが“次世代名古屋系”として提示する新たな個性ではないだろうか。何にも媚びない孤高の存在であるからこそカリスマ的な人気を誇った名古屋系バンドと、同じ方向を向いてともに手を取り理想を目指すアルルカン。バンドのスタンスや音楽との向き合い方に違いはあるが、それもまた時代の流れに合わせた変化であると思う。
これまでの名古屋系バンドを見ると、自分たちの核は失わずに、さらに自分たちの強みをプラスして独自の変化をしていったバンドが多い。黒夢はパンクやハードコア、Laputaはデジタルな方向へ、ROUAGEは歌心のある骨太なロックに人間味ある歌詞を乗せ、FANATIC◇CRISISはさらにポップな方向へ舵を切り、Merry Go Roundはよりマニアックにエログロ、アングラを煮詰めたように変わっていったように、進化の行く末はバンドによって様々だ。
激しさと切なさの両立する楽曲に、暁にしか書けない詞を乗せるアルルカン。その歌詞も、結成当初の自分を見つけてもらうためのものから、見つけてもらえたその先で、自らが手を差し伸べるような歌詞に変化していった。アルルカンの世界は、これからもその進む速度に比例し、めまぐるしく変化していくだろう。彼らの理想郷に辿りつくために。
■小崎恒平
平成元年生まれの音楽ライター。ヴィジュアル系を中心にライブレポートやコラムを執筆している。「Real Sound」や「ウレぴあ総研」、その他バンドのプレスリリースにも寄稿。
ツイッターアカウント:@lellarap__
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