テン年代の洋楽と日本の歌をハイブリッドに解釈 大比良瑞希が提示する“正統進化の歌謡曲”

 近年、音楽を聴く入り口はCD、ライブ、サブスクリプションサービスと多岐に渡り、メジャーからインディーズまで様々な形でアーティストと出会うことができる。そのなかで最近、インディーズにも関わらずショップや現場、ネット上で名前をよく見かけるのが、大比良瑞希というシンガーだ。

大比良瑞希

 大比良はかつてヘウレーカというバンドでフロントマンを務め、デロンギのCM音楽に起用されるなど順調なキャリアを歩んでいたが、方向性の違いにより解散。その後、松任谷由実などのバックでも活躍していたチェリストの伊藤修平と出会い、彼のプロデュースによる音楽活動を開始したシンガーソングライター、トラックメイカーだ。

 彼女は耳の肥えたリスナーや同業者からの評価も高く、LUCKY TAPESやAwesome City Club、Alfred Beach Sandal + STUTSのライブにコーラスとして出演するほか、気鋭のプロデューサーtofubeatsの2ndアルバム『POSITIVE』の「すてきなメゾン feat. 玉城ティナ」にコーラスで参加。tofubeatsは大比良を「僕がデモを聴いてびっくりするくらい良いと思った方ですね。勘が良いというか、センスがあって、やりたいことの打点が定まっている、珍しい女性アーティストだと感じています」と評価し、そのうえで「学があっておしゃれだし、打ち込みも自分でできるという点ではG.RINAさんに似てる。声質も近いところがありますし、僕の中では勝手に“頭の良い女性の声”って分けてるんですけど(笑)」と、その才能をいち早く見出していた(参考: http://realsound.jp/2015/09/post-4565.html )。

 そのように彼女がリスナーや同業者を惹き付けてやまない理由の一つとして挙げられるのは、その「声」だ。何を歌っても艶っぽく、切なく洗練されたものとして耳に入ってくる。大比良はかつて自身の声にコンプレックスを持っていたそうだが、伊藤が「その声こそが最大の魅力だ」と後押しして制作された1stEP『LIP NOISE』は、代表曲「Sunday Monday」をはじめとしたポップス、ソウルをふんだんに取り入れた作品で、大比良のカラフルな声と宅録感のあるシンプルなリズムの組み合わせが癖になる楽曲群だった。

Sunday Monday / 大比良瑞希

 この「Sunday Monday」が松任谷由実のラジオ番組でオンエアされたこと、映像が拡散されたこと、さらには『FUJI ROCK FESTIVAL '15』への出演を機に、ほかの新世代のポップアーティストたちと交流が盛んになった。若いリスナーの間でシティ・ポップ的な音楽が熱気を帯び、近しい音楽性を持つアーティストが注目されるようになるなかで、大比良という頭一つ抜けた才能が飛び込んできたことも、彼女へさらにスポットが当たるようになった要因だろう。

 そして、もう一つの魅力は彼女の生み出す音楽にある。Roos Jonkerを意識して宅録感を前面に押し出した『LIP NOISE』が好評だったにもかかわらず、初のフルアルバム『TRUE ROMANCE』ではその音楽性を一気にチェンジ。宅録のチープさを排除し、アーバンでエレガンスなストリングスとビートを使うようになる。彼女のルーツにもなっているヨーロッパ圏のポップミュージックや、ライブでもカバーをしているBjorkやFeistにも近しいものを感じさせてくれるアルバムで、これまでのシーンを越えてオーバーグラウンドのリスナーにまで届くようになった。

 そんな大比良が次の一手として選んだのが「3カ月連続デジタルリリース」。第一弾としてリリースしたのは、ライブでも人気の高い「Real Love」だ。初めてのバンドレコーディングで生まれたより心地良いグルーヴと大比良の歌の相性は抜群で、新たな一面を打ち出してみせた。この曲がSpotifyプレイリスト「Woman's Voice」に入り、トップカバーを担当するまでのプッシュを受けるなど、業界内外からの評価も順調に獲得しつつある。

 そして、第二弾リリースの「アロエの花」は、「Sunday Monday」を彷彿とさせるスロウなソウルバラード。原点回帰ともいえる方向性だが、バンドアレンジとして生感の強くなったサウンドからは、この2年での進化を如実に感じることができ、何より彼女の声がさらに鮮やかになっていることを確信できる1曲に仕上がっている。

 大比良は自身のルーツに「歌謡曲」を挙げているが、本来歌謡曲というのは、洋楽のエッセンスを日本語の大衆歌として表現するための手段であり、その系譜上にいるのが、伊藤も演奏で参加している松任谷由実である。そんな伊藤がプロデュースを務め、ゼロ年代〜テン年代の洋楽と日本の歌をハイブリッドに融合する大比良瑞希プロジェクトは、「歌謡曲」の正統進化として、この時代に新たな風を吹き込むことになるだろう。「アロエの花」は、そんな妄想も膨らませてくれる楽曲だ。

 そんな「アロエの花」と「Real Love」といった対象的な2曲を経て、10月には「3カ月連続デジタルリリース」の第三弾がリリースされる。次の大比良はどんな路線を打ち出し、我々やリスナーを驚かせてくれるのかが楽しみだ。

(文=中村拓海)

大比良瑞希『アロエの花』

■リリース情報
三ヶ月連続デジタルリリース企画 第二弾
ニューシングル『アロエの花』
2017年9月20日(水)デジタルリリース

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる