シェネル『メタモルフォーゼ』から伝わる強い意志 2つの世界つなぐ“特別な存在”のシンガーへ

シェネルは“特別な存在”のシンガーへ

 ビヨンセとJAY-Zのビッグカップルが象徴しているように、現在、音楽シーンに限らず、ファッションも含めたカルチャーシーン全体で最も影響力をもっているのは女性シンガーと男性ラッパーである。いや、もちろんジャスティン・ビーバーやブルーノ・マーズのような男性シンガーやニッキー・ミナージュのような女性ラッパーも音楽シーンのトレンドを決定づける作品をリリースし続けている。しかし、大雑把に言うなら、現在、世界中のヒットチャートの上位を占拠し続け、若者のライフスタイルに影響を与え続けているアーティストの多くは女性シンガーと男性ラッパーである。

 一方、日本の音楽シーンを見渡してみて、文化的な蓄積と背景が違いすぎる男性ラッパーはともかく、例えばビヨンセやリアーナやテイラー・スウィフトやアリアナ・グランデやセレーナ・ゴメスのような強い発信力をもっている女性シンガーがどれだけいるだろうか? あるいは、サウンドプロダクションにおいては日本よりもはるかに先進的なK-POPまで視野に収めてみても、実力と人気がともなったグループは散見できるものの、女性ソロシンガーという、現在世界的に最も求められているはずのポジションに、誰もが思い浮かべられるような特別な存在がいないことに気づかされる。

 今から約10年前、2006年にカニエ・ウェストのツアーでオープニングアクトを務め、2007年に世界デビュー。その後、日本でのブレイクを機に、海外マーケット向けの作品と、日本の音楽マーケットの作品を断続的に制作してきた女性ソロシンガー・シェネルは、まさにそんな「世界と日本とのギャップ」を肌で感じ続けてきたに違いない。日本マーケット向けのシングル『Destiny』、及び同名アルバムがロングヒットを続ける中で矢継ぎ早にリリースされた全編英語詞のアルバム『メタモルフォーゼ』は、日本の音楽シーンに一石を投じようとするシェネルの強い意志が伝わってくる好作だ。

 「日本では新しい音楽が浸透するまでに時間がかかるという印象を受けていて、今世界を席巻しているサウンドがリアルタイムに日本語で歌われるようなことはまだ起きてない」。本作のレコード会社の資料の中にもそんな彼女の発言が引用されているように、オーセンティックなR&Bのスタイルにせよ、エレクトロやトラップの影響化にある先進的な歌モノにせよ、もはやどのようなスタンスで音楽活動をしようにも、「二つの世界」のどちらも知るシェネルにとって、そこに埋めようのない創作上でのギャップが生まれつつあったことは想像に難くない。そんな中で、彼女は6月にリリースした『Destiny』とほぼ同時期に、今回のアルバム『メタモルフォーゼ』の準備をしてきたのだろう。

 興味深いのは、必ずしも『Destiny』のサウンドが保守的で、今回の『メタモルフォーゼ』のサウンドが先進的、というわかりやすい作り分けをしているわけではないところだ。実際、『Destiny』にもキース・ハリス(クリス・ブラウン、ニッキー・ミナージュなど)を筆頭にアメリカの音楽シーンの最前で活躍しているプロデューサー、ビートメイカーが多数参加していたし、本作『メタモルフォーゼ』では同じくキース・ハリスのほか、ザ・ステレオタイプス(ジャスティン・ビーバー、Far East Movement)といったビッグネームも参加しているが、一方でマリ・ミュージックのようなオーセンティックなR&B/ゴスペルのシーンで活躍しているミュージシャンもプロデューサーとして参加している。

 現在のシェネルのスタンスが最も明確に伝わってくるのは、今回の『メタモルフォーゼ』の日本盤のボーナストラックとして、『Destiny』収録曲の中から5曲の英語詞バージョンがアルバムの最後に収録されていることだ。見え方によっては、日本向けと海外向けのダブル・スタンダードのように思われがちなシェネルの活動形態だが、今年リリースされた2枚のアルバムをじっくり聴けばわかるように、実際はまったくそんなことはない。彼女は自らが「日本の音楽シーン」と「日本国外の音楽シーン」の間にかかる橋のような存在となって、「今世界を席巻するようなサウンド」を自分のこれまでのリスナー、そして新しい世代のリスナーに、できるだけシームレスに届けようとしている。

 どこかで時間が止まってしまった、あるいは世界の大きな動きとはまったく別の様相を見せるようになってきた日本の音楽シーン。その風土をこうしてカルティベイト(耕す)していった先に、いつかきっと日本のビヨンセ、日本のリアーナのような存在が現れるのだろう。もちろん、そのクイーンの椅子にシェネルが座ることだってあり得るはずだ。


■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)発売中。
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■ライブ情報
『シェネル 10th ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2017』
11月13日(月)ビルボードライブ大阪
11月17日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール(かわさきジャズ2017)
11月20日(月)名古屋ブルーノート

シェネルオフィシャルサイト

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