ジャスティン・ビーバーの傑作『パーパス』が、海外&日本の音楽シーンに与えた影響は? 

J・ビーバーを今こそ再考する

 2017年にリリースされた作品の中で世界のポップ・シーンを象徴する作品を挙げるとしたら、あなたはどの作品を選ぶだろうか? 恐らく、それがファレル・ウィリアムス、アリアナ・グランデ、ニッキー・ミナージュ、ケイティ・ペリーらを迎えたカルヴィン・ハリスの最新アルバム『Funk Wav Bounce Vol.1』や、ビヨンセやリアーナ、チャンス・ザ・ラッパー、フューチャーらを迎えたDJキャレドの『Grateful』だと言っても、異論をはさむ人は少ないのではないだろうか。では、その内容に繋がる現在までの音楽シーンの流れを用意した作品を挙げるなら? ジャスティン・ビーバーの2015年作『パーパス』は、間違いなくそのひとつだ。

Calvin Harris - Slide (Official Audio) ft. Frank Ocean, Migos
Justin Bieber - What Do You Mean?

 2015年に『パーパス』をリリースし、2016年にはワールド・ツアーで一度日本を訪れたジャスティン・ビーバー。彼が9月にふたたび来日し、2日間で約計10万人を動員する来日公演史上最大規模のライブを味の素スタジアムで開催する。この『パーパス・ワールド・ツアー』の世界での総収益は現在までに220億円に到達。2017年に入ってもその勢いはとどまることなく、同時にジャスティンは多くの楽曲にゲスト参加してヒットを連発。ルイス・フォンシ&ダディ・ヤンキーによる「デスパシート(REMIX)feat. ジャスティン・ビーバー」が全米チャートで7週連続1位を記録したほか、前述のDJキャレドの新作収録曲「I’m the One ft. Justin Bieber, Quavo, Chance the Rapper, Lil Wayne」も全米チャートで初登場1位に。デヴィッド・ゲッタがジャスティンを迎えた「2U」も全英トップ5に入るなど多数のヒットを飛ばし、素行の悪さでゴシップを賑わせていた一時がウソのように音楽シーンで存在感を放っている。ここではそのきっかけとなった『パーパス』の魅力と、この作品が音楽シーンに与えた影響をまとめてみたい。

ティーン・アイドルからアーティストへ。起死回生の傑作『パーパス』ができるまで

 まず、『パーパス』にとって重要なのは、この作品がアイドルとしてのジャスティン・ビーバーに別れを告げた作品だということだろう。それまでのジャスティン・ビーバーは歌唱力にこそ定評があったものの、ティーン・アイドル然とした楽曲によって過小評価されている部分が否めなかった。しかし、そうしたイメージとのギャップに苦しんだ彼が、セレーナ・ゴメスとの破局などを経て、自らのパーソナルな感情をよりさらけ出したのがこの『パーパス』だ。その直前、ジャスティンはディプロとスクリレックスによるプロデュース・ユニット、Jack Uの「Where Are Ü Now」にボーカリストとして参加。それまでのコラボレーションはジャスティンのティーン・スターとしてのイメージを補強するようなものだったのに対して、この「ホウェア・アー・ユー・ナウ」ではディプロやスクリレックスとともに本格的なクラブ・ミュージックに接近。そして『パーパス』には、引き続きスクリレックスが関わり、ジャスティン・ビーバーに初の全米1位をもたらした。

Skrillex and Diplo - "Where Are Ü Now" with Justin Bieber (Official Video)

『パーパス』から広がる音楽性/ピープルズ・ツリー

 本作でジャスティン・ビーバーが取り入れた音楽性は、大きく分けて3つある。まず、ボーカル面での大きな特徴になったのは、アンビエントR&Bの系譜に連なる洗練されたボーカル・ワークだ。アルバムのオープニング曲「Mark My Words」を筆頭に全編において披露される深みを増した歌声は、『パーパス』が多くのメディアに「成熟した/洗練された作品」と評される大きな要因になった。本作のボーカルの質感からは、たとえばThe Weekndやミゲルなどとの共通点を見出すことができる。

The Weeknd - Can't Feel My Face
Miguel - Adorn

 また、この作品の音楽性を決定づける2つめの要素が、EDMから派生したサブジャンル=トロピカル・ハウス。当時のトロピカル・ハウスは、カイゴらが北欧を中心にヒットを飛ばしながらも、まだワールドワイドなヒットを生んではいなかった。しかし、ジャスティン・ビーバーはリード曲「What Do You Mean?」や「Sorry」でいち早くこのジャンルに接近。スクリレックスやブラッド・ダイアモンズ(グライムスとの「Phone Sex」やマドンナ新作のプロデューサーとして知られる人物)らがかかわったこの2曲は、Major Lazerの「Lean On」とともに2015年を代表するクラブ・アンセムとなった。

Justin Bieber - Sorry (PURPOSE : The Movement)

 

Major Lazer & DJ Snake - Lean On (feat. MØ) (Official Music Video)

 そして、忘れてはならないのは3つめの要素。エド・シーランが作曲した「Love Yourself」のようなバラード曲がアルバムに加える魅力だ。こうした楽曲を加えることで、アルバム全編には空間をたっぷりと使った落ち着いた雰囲気が生まれている。また、ここでの起用がエド・シーランのソングライティングにより注目を向けたことは間違いなく、彼の最新作『÷』は執筆時点の全英チャートで13週目の1位を記録中のメガ・ヒット作になっている。それに加えて『パーパス』のゲスト・アーティストを紐解いていくと、ジャスティンのより様々な音楽への興味も垣間見える。たとえばトラヴィス・スコットを迎えた「No Sense」では今年多くのアーティストが全米チャートで結果を残しているトラップを通過したUSラップ勢の熱気をいち早く伝え、「The Feeling」に参加したホールジーも、2017年のアルバム『Hopeless Fountain Kingdom』で全米1位を記録している。2015年の時点で、そうした現在のキーマンたちを多数招いていることは、昨年ピコ太郎「PPAP」のヒットのきっかけを作ったことと同様に、彼のエンターテインメントへの鋭い嗅覚を証明するようだ。

Justin Bieber - Love Yourself (PURPOSE : The Movement)
Halsey - Colors

 ジャスティン・ビーバーは『パーパス』発表以降のインタビューで「これまで時には歌いたくないと思うような曲も歌ってきたよ。それは自分が用意したものじゃなかった」と過去を振り返っているが、とはいえ、ティーンの頃からポップ・スターとして表舞台に立ち続けてきたからこその絶妙なバランス感覚が、『パーパス』でのクリエイティビティと大衆性の両立を支えているのも間違いない。『パーパス』とは、これまでの彼の経験すべてを詰め込むことで、アイドルからアーティストへの転身を果たした作品だということなのだろう。

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