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小室哲哉がロンドンで迎えた“転換点”語る「どんどんヒットを生む格好良さに憧れた」

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 12月16日放送の『アナザースカイ』(日本テレビ系)に、小室哲哉が出演。自身のサウンドの原点であるイギリス・ロンドンを舞台に、ヒット曲の誕生秘話を振り返った。

 番組冒頭、小室の功績を振り返る映像がオンエアされたあと、スタジオでMCの今田耕司・中条あやみを前に「週刊誌を編集している気分でした。年間シングルで90曲作っていましたし」と、当時のことを振り返り、番組がスタートした。

 VTRでは、小室がロンドンの街中を歩きながら「TM NETWORKをやっている最中に1年くらいロンドンに住んで、音楽のプロデュースを勉強した。ブリティッシュロックに憧れていたから、世界基準の音楽を学ぼうと思って」と、この街との縁についてコメント。また、ロンドンは妻であるKEIKOとの思い出の場所でもあるようで、小室は「KEIKOが病気になってから6年なんですけど、その前にロンドンに来たんです。KEIKOは脳の病気なので、その時のKEIKOは絶対に蘇らないんですが」と語る一幕も。

 番組中盤では、「こっちにいたときに衝撃を受けたプロデュースチームがある」と語り、カイリー・ミノーグのヒット曲などで知られ“ヒットファクトリー”と呼ばれたPWLを紹介。小室は彼らについて「本当はブリティッシュ・ロックの人になりたいと思って来たけど、プロデューサーたちに触れてどんどんヒットを生む格好良さに憧れた」と話したあと、自身の楽曲を多く制作したメトロポリタンスタジオを訪問。彼は海外で楽曲を作り続けた理由について「幕末の志士じゃないけど、日本のミュージックシーンの鎖国を解きたいという気持ちがすごくあって。このままだと日本は遅れちゃうと思った」と、当時の気持ちを明かした。

     
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