「少女A」を生んだ作詞家・売野雅勇に訊く、キャリアの転機と“昭和歌謡リバイバル”

初めて明かされる大瀧詠一との幻の共作

ーー大瀧さんとの出会いは、売野さんがコピーライターだった時代、インディーズの男性ファッション誌も編集されていた1979年のことになる。音楽のページを執筆してもらおうとご自宅まで会いに行ったとか。

売野:そうでしたよ。大瀧さんとの仕事は、1984年にラッツ&スターの『Soul Vacation』を大瀧さんがプロデュースされて、そこで再会した。一緒に歌舞伎を見にいったり一緒にラジオで喋ったりということは毎年あったのだけど、遊びばっかりで。仕事は結構空白があった。これは初めて話すことなんですけど、あるとき大瀧さんが作曲した渡辺満里奈さんの「うれしい予感」(1995年リリース)あたりのアルバム用の新曲を送ってきてくれて「これに書いて」と連絡をもらったんですよ。で、書いてお渡ししたんですけど、大瀧さんに「(歌詞が)硬質すぎるね」と。結果、採用されなくて、「そうか、ポップミュージックってこうじゃないのか」と、また原点に戻らなくちゃ、とかね色々考えさせられました。

ーーその時期、渡辺満里奈さんといえば渋谷系という枠でも語られたアイドルでした。かたや大瀧さんは、言ってみれば渋谷系のルーツのような存在なわけで、そこに売野さんが絡むかもしれない瞬間があったけど、結果的にそうならなかった。いろんな想像力を働かされるできごとだったと思います。売野さんは渋谷系をどう見ていたのでしょうか。

売野:渋谷系は……とりたてて面白いとは思っていなかったけど、それより以前に出てきたかの香織さんは大好きですね。あとはラヴ・タンバリンズが英語で歌っていて「それでいいんだ!」と驚いたくらい。ただ、小沢健二くんとスチャダラパーの「今夜はブギーバック」は別格だと思いました。

ーー矛盾してるかもしれないけど、あの世代が今日の歌謡リバイバルを支えていたりもする。

売野:渋谷系も歌謡曲もそうなんですけど、いちばん重要なのは「ポエジー」、つまり詩情があるかどうかなんですよ。そこにひとは敏感になる。言葉のない音楽のほうが説明しやすいかもしれないのですが、クラシックは特に詩情、ポエジーがあるかないかが評価の基準になると思うんです。それは芸術作品、絵画にも例えられることで。「今夜はブギーバック」にはそれがあったから、僕は反応したんだと思われます。ジャン・コクトーの『詩人の血』ってあるでしょ。その「血」がね、あらゆるアートの優劣を決める基準かもしれない。

ーー国内外の詩集を愛読されていたということですが、坂本龍一さんとの仕事(中谷美紀「MIND CIRCUS」)でもそうした経験を生かそうとしていたのですね。

売野:詩集から言葉を拾ったとしても、ポップなものにはならないから、そのままの状態では生かせませんよ。ただ、ジャン・コクトーだと堀口大學の翻訳はすごくよくて、ポップでもあったりするんですけど、今度はそれを歌える人がいるかどうか、という問題が出てくるんですよね。

ーー詩を好きになったルーツはどこにあるのでしょうか。お父さんが学校の先生だったということですし、故郷の足利には相田みつを、杉山英樹(文芸評論家)、檀一雄(小説家・作詞家)など、ちいさい町ながらも有能な言葉のプロがいた。ちょっとベタですが、日本最古の大学・足利学校もあるし、そういう影響もどうなのかなぁと。

売野:そこまで故郷がどう、という感じではないかもしれないですね。あえてその縛りで話すとすると、脚本家・小説家の笠原良三さんかも。あとは檀一雄さんくらいかもしれない。

ーー売野さんのペンネーム麻生麗二で作詞した「め組のひと」(ラッツ&スター)は資生堂のコピー(1983年夏キャンペーン)でもあったわけですが、作者はおなじく足利出身のコピーライター小野田隆雄さんでした。同郷同士の共作だったんですね。

売野:えっ、そうなんだ! 初めて知ったよ。いや、足利すばらしいね(笑)。

生涯で負けを認めた二つの楽曲

ーーあと、こういう話をしておかないと訊けないことがあって。足利にある渡良瀬橋をモチーフにした森高千里さんの「渡良瀬橋」が出た時、どう思われましたか?

売野:そうだよね、書けるものなら書きたかったですよね(笑)。歌詞の情景描写もやたら緻密だし。なんで故郷なのに気づかなかったのかなぁ(苦笑)。生涯で負けを認めたと思ったのは、「渡良瀬橋」とコピーライターの仲畑貴志さんが書いた小林稔侍さんの「かよい虫」。ナイトクラブについつい足が向いちゃうという歌詞なんですけど、タイトルを見るなり負けたと思いました。「通う病」と「虫」をくっつけたんだね。この発明というか発見に嫉妬しましたね。

ーー最後に今後の予定を教えていただけますか。

売野:いまは、ロシア人女性3人によるコーラスグループ・Max Luxのプロデュースをしていて。「歌がうまい」「美しい」「性格がよい」という基準に選んだメンバーなんですけど、彼女たちが僕の作詞曲をトリビュートで歌った『砂の果実 Fujiyama Paradise Tribute』がリリースされます。オリジナルも芹澤(廣明)さんと書いたものを録ってあるので、楽しみにしていてください。あとは4枚組のボックス『Masterpieces~PURE GOLD POPS~売野雅勇作品集「天国より野蛮」』も発売されるので、著書とあわせて聴いてもらえれば、より解釈が深まると思います。

(取材・文=若杉 実)

■書籍情報
『砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』(朝日新聞出版)
発売中

■リリース情報
『Masterpieces~PURE GOLD POPS~売野雅勇作品集「天国より野蛮」』
発売中

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