角松敏生が35年前のデビュー作を“リニューアル”した理由は? 『SEA BREEZE 2016』を検証

 そして、角松がずっと気に入らなかったというボーカルは、すべて再録音されました。たしかに、オリジナルのボーカルは若々しさに満ちてはいますが、どこか不安定で線が細い印象でしたし、リヴァーブ処理なども少し古臭さを感じます。しかし、現在の脂の乗った角松のボーカルに差し替えられることで、表情豊かでいきいきとした印象に生まれ変わりました。コーラスも含めて、さらにボーカルが前に立った楽曲群は、おそらく角松が本来やりたかったことなのでしょう。

 ここまでこだわりぬいて再生した『SEA BREEZE 2016』ですが、それでもオリジナル至上主義のファンは納得しないことがあるかもしれません。そんな方のために初回生産限定盤は2枚組仕様になっていて、もう1枚にはオリジナルの『SEA BREEZE』がそのまますっぽりと入っています。しかも、当時の未使用LPをレーザーターンテーブルで読み込んだマスターを使用したというこだわりの1枚。これも既存のCDに比べると格段に音質が向上しただけでなく、一皮むけたような新しい印象を受けるはず。そして、2枚の盤を聴き比べることで、より『SEA BREEZE』という名作を深く楽しめるのです。

 角松敏生は、時代によってブラコンやブギー、そしてヒップホップ、沖縄やアイヌの音楽まで、様々なジャンルをいち早く取り込んできたパイオニアですし、国内外の一流ミュージシャンを起用して理想のサウンドを追い求めてきました。こういった音に対する強いこだわりによって、大滝詠一や山下達郎の系譜といいたくなるほどのクオリティを保っています。今回の『SEA BREEZE 2016』は、そんな彼の“原点”と“現在”を知るという意味においても、非常に重要な作品といえるでしょう。リアルタイムで知る世代が楽しめるのはもちろんですが、音にこだわる若いミュージシャンにとっても最高のお手本になるに違いありません。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。

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