定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来

「新人がブレイクして風穴を空ければ、大物アーティストも続く」

――そうした状況を踏まえ、日本のストリーミングサービスは、今後どう展開していくべきでしょうか。

榎本:現在は、CDをリリースすれば黙っていてもファンが購入するような――つまり、定額制配信を必要としないビッグアーティストが参加しないため、サービス全体に盛り上がりが欠けるという状況が生まれています。しかしながら、『MySpace』からリリィ・アレンやアウル・シティなどさまざまなアーティストが巣立ち、最近であれば『Spotify』からロードが出てきたように、日本の定額制サービスからブレイクする楽曲やアーティストが誕生すれば、この地図は塗り替わると思います。たとえば、僕の古巣でもあるスペースシャワーネットワークが放送を開始した1990年ごろというのは、音楽ビデオなんて誰も作らないという状況だったのに、新人だったウルフルズの「ガッツだぜ!」を作って、スペシャで人気が出たところをNHKが着目し、番組主題歌になったことから世間に一気に浸透。いままでMVを無視していた大物アーティストも、こぞってMVを制作するようになりました。定額制配信は音楽メディアの要素が強いですから、新人の誰かがそこからブレイクして、最初に風穴を空けさえすれば、大物アーティストも続くでしょう。そういう意味では、各サービスがメディアとして機能することが重要なのだと思います。

 まず『Spotify』におけるロードのように定額制配信からブレイクする新人を創りだす。同時に、定額制配信のミッションに賛同していただける大物アーティストを探していかなけれなりません。これまでのCDやiTunesのように、アーティストが自分にお金を払ってくれるファン作りに勤しむ時代ではなくなります。「定額制ストリーミングサービスを使って、音楽ファンの分母を増やそう」という考え方に賛同してくださる大物アーティストを探さねばなりません。

 iTunesミュージックストアが出る前夜、世界はダウンロードにアレルギーを持つアーティストでいっぱいでした。AppleがiTunesミュージックストアを成功できたのは、ジョブズが大物アーティストに直接会いにいって熱い説得を重ね、ひとりひとりから賛同を得ていったからです。同じことが定額制配信でも必要だと考えます。

――サービスがメディアとして機能する、というのは重要なポイントですね。

榎本:『Spotify』や『YouTube』はユニバーサル志向ですが、メディアとして尖っていくことで人気を得る音楽配信も出てくるでしょう。『PANDORA』は選曲の精度を磨き上げ、どこも追いつけない精度にしたことで、『Apple MUSIC』や『YouTube』も敵わない人気を確保しています。

 また、機能ではなく得意ジャンルを研ぎ澄ます道もあります。『AWA』は、avexが得意とし、世界的にも一番人気であるダンスミュージックに特化することで、自身のメディア化を図っています。『Spotify』やApple、LINEのような強敵と戦い生き残ることを主眼にした戦略であり、なかなか鋭いなと思います。

――続いて“配信報酬の分配率”について伺っていきます。メジャーアーティストがストリーミングサービスへの参加に対して慎重な姿勢を保っているのは、実績や分配率、CD売り上げへの影響などを考慮してのことだと思いますが、たとえば、楽曲やアーティストをアラカルト方式で選択できるようなメニューを用意し、メジャーアーティストには分配収入の還元率を高めるような施策はのようなことはできないのでしょうか。

榎本:『Spotify』は事実上そのようなシステムを導入していて、メジャーレーベルに対してはMG(ミニマムギャランティー)という形で何十億円も払っていますし、再生数が一定数まで増えてくるとボーナス値として1再生あたり0.3セントが0.7セントに増額するシステムになっているようです。

 このように再生数に比例して収入が上がる仕組みであれば、人気アーティストほど有利で、曲がヒットすれば夢のような収入が得られます。しかし現段階ではユーザーの母数自体が少ないため、そこまで巨額の割り当てはなされず、アーティストが支払い書を見れば、わずかなお金に見えることでずっとニュースになってきました。これは日本でも秋冬以降に起こる事態です。

 定額制配信は音楽にお金を払わなくなった層を、月1000円払ってくれるライト層に変えていくのがいちばんの強みですが、これは同時にかつて月数万円をCDにつぎ込んできてくれたコアファン層も月1000円しか払ってくれないライト層に変えてしまう副作用があります。

 定額制配信が流行ればハッピーエンドということではなく、新しいコアファン層を創る仕組みを作っていくという課題が次に始まるのです。

 Jay-Zの所有する定額制配信の『TIDAL』は高音質の楽曲が聴けるサービスを月額20ドルで提供し始めました。日本でもハイレゾ音源で配信されるアルバムに対し、躊躇なく投資するファン層が出始めています。これらは定額制配信の次へ向け、すでにアーティストや音楽業界が動き始めている一端なのです。

――しかしながら、まだまだ特定の層にしかリーチしていないと。

榎本:そうですね。少しずつ広がっていくのではと思っていますが、ハイレゾについてはスペックを優先してマーケティングをしているので、30代の後半から40代の男性にしか支持されていない。おそらく、もっと感性に訴えるようなマーケティングで、初めから女性客を前提にハイレゾのコンテンツで作っていけば、幅広い層に支持されるようになると考えています。

 感性的なマーケティングを推進する上では、肉感的というか、肌感覚で伝わるようなアーティストが適役かなと思います。例えば、今ある技術を駆使すれば「斉藤和義さんがすぐそばで歌っている」ような音を制作することもできるのに、「マスターテープと同じ質感です」というコンテンツばかりでは女性層には広がらない。これではオーディオマニアの男性にしか伝わらないのです。ハイレゾはそろそろ次の段階に進むべきだ、と考えています。

――ハイレゾについては、データ量の問題をどう解決するか、という課題もあります。

榎本:ムーアの法則で半導体の価格が年々半減していくのに基づき、1GBあたり通信コストは年々下がっていきます。Docomoが第5世代の通信回線ストリーミングを開始するようですし、そこは自動的に解決されていくでしょう。もっと大事なことは、ムーアの法則が支配する技術ロードマップの進展を音楽会社がいかに味方につけていくかです。

 ゲーム業界はパッケージの容量が拡大するに合わせて、新しいコンテンツを開発してきました。フロッピー時代は白黒ドット、ROM時代はファミコンの色付ドット、CD時代はプレイステーションのポリゴン、DVD、ブルーレイになって実写と見紛うばかりのコンテンツと変わってきました。

 ゲーム業界のようにムーアの法則と共に新コンテンツを開発できればパッケージやダウンロードは生き残れるのですが、音楽は30年前のCDから、メディアもコンテンツも変わっていません。

 難しい話になりますが、音楽会社は「技術開発部」を、LPが開発された段階で捨ててしまったんです。レコード業界は、ラジオが出てきたときに一度壊滅状態になったのですが、音質をラジオよりも向上させたり、無料のラジオを使って流通商品やライブチケットの購買を促したりするなどの試みをして、売上を持ち直したという過去があります。

 現在、技術がふたたび音楽に猛威を振るっているのですが、技術に勝つには技術への投資がなければ厳しいでしょう。その一つが『Spotify』のような爆速の定額制ストリーミングでもあったわけですが、もし音楽会社がパッケージを本当に復活させたいなら技術と新コンテンツへの投資が必要です。

 例えばCDの発売以降、パッケージの技術革新は止まってしまった。そんな中でも、年々記録メディアのデータ容量は増えていますし、海外では一枚で350TBあるメモリークリスタルのような画期的なパッケージメディアも開発されはじめています。

 また、映像面でも大幅な革新が迫りつつあります。Facebook社のOculusや、プレイステーションのMorpheusなどがそうですね。音楽ビデオの中に入り込めると、従来の音楽ビデオづくりとはまったく違う内容の手法を開発できます。ライブ映像もボーカルの横に立ったり、最前列で女の子やイケメンと楽しんでみたり、イリュージョンと重ねるなど、動画では不可能な表現がいろいろできます。

 そのためにはさらなる技術革新も必要ですが、決まりきった制作手法をぶち壊すようなクリエイターが何よりも必要で、かつそういった新世代の台頭を支援していかなければなりません。

 ストリーミングもダウンロードも不可能で、大容量パッケージでしか届けられないデータを擁するクリエイティブなコンテンツが開発できれば、パッケージの世界に戻ることだってありうるのです。技術ロードマップに沿って考えればストリーミングが終着駅ではなく、その鍵を握っているのは常識はずれのクリエイターなのです。音楽会社は技術開発は苦手でしょうが、才能を見出し、育て、投資していくことに本領があるのではないでしょうか。

――なるほど。一方、楽曲リストの充実も重要と思いますが、たとえばビートルズの曲がストリーミングサービスで聴ける日も来るのでしょうか。

榎本:可能性としてはあると思いますし、『レコチョクbest』がアーティストごとのメニュー作りに向けて奮闘していますね。現段階では成功にまで至っていないものの、アーティスト単位の定額制のオプションというのは、今後実装されるのではないでしょうか。ただ、ファンクラブの活動内容とぶつかってしまうため、事務所側との交渉に手間取ることになりそうです。

――現状ではいくつかのプラットフォームが競っており、その競争過程で終了していくサービスも出てくると思いますが、榎本さんはどう予想されますか。

榎本:『Spotify』や『YouTube』が強いのは、もちろん基本的に無料というスタンスを取っているからです。つまり、有料サービスの場合はシェアする相手も有料会員でなければシェアできないので、拡散の範囲も狭い。このことに気をつけないと、無料側にプラットフォームとしてすべて持って行かれてしまうでしょう。『LINE MUSIC』はその点を「会員以外のユーザーにもシェア可能(ただし秒数制限あり)」という形でクリアしようとしています。

 しかし、『YouTube』はすでにアメリカで定額制配信サービスの『YouTube Music Key』を始めており、いずれ日本にも上陸するでしょう。この場合、有料・無料のサービスがすべて『YouTube』に収斂していく、ということも起こり得ると思います。

――そのためにも、「一部無料」というシステムを使って上手くやる必要があると。

榎本:そうですね。『PANDORA』のパーソナライゼーション、『YouTube』など動画共有のように、新たな曲を見つけてシェアするという部分に関しては、無料の段階を残しておくことが必要だと考えています。昔から放送の世界がそうであり、近年はIT業界がそうなっているように、「無料の圧力」というのは音楽以外の世界から来ています。タダの方へ流れていくので、気が付けば広告収入だけになりますが、世界の広告予算は限られています。広告による無料を呼び水に、いかに有料コンテンツを育てていくか。『Spotify』のフリーミアムモデルは、そうした潮流への挑戦でもあったから、議論を巻き起こしたのです。

 音楽は好きな曲を見つける「発見のフェーズ」と、お気に入り曲を繰り返し聴く「リピートのフェーズ」がありますが、『Spotify』や『PANDORA』などストリーミング配信が得手としているのは「発見のフェーズ」です。とても便利にお気に入り曲を発見できる、という利便性にお金を払ってくれるようになりました。しかし「リピートのフェーズ」は利便性よりもコンテンツの質です。コンテンツの質を引き出せるサービスが次の段階では求められていくでしょう。

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