急逝したクリス・スクワイア、イエスを支えた“大人ぶり”とは? 市川哲史が取材エピソードを回想

イエスを支えてきたクリス・スクワイア

「〈YES〉って言葉の響きは最高だろ?」

「誰が何と言おうと、僕がイエスなんだよ。イエスそのものなのさぁぁぁぁぁ」

 イエスの顔で、純粋無垢すぎて逆に始末が悪い〈一人ウイーン少年合唱団〉ジョン・アンダーソンは取材で逢う度逢う度、あのヴォーカル通りのチャイルドライク・ハイトーンで、拡げた両手を始終ビラビラさせながら、とにかくひたすら喋りまくった。未来永劫ポジティヴというか、彼の無邪気な自己中っぷりがイエスそのものだ。

 それだけに自分の意見や妄想が通らないと脱退→再加入を繰り返すという、極めて面倒な性癖の持ち主だったりもする。

 そしてもう一人。アンダーソンが三蔵法師なら、ステージ上をキャッキャキャッキャと飛び回りギターを弾きまくる孫悟空もいた。スティーヴ・ハウである。

「イエス・ミュージックは常にキラキラ輝いているんだよ、もう眩しいほどに。僕もギターを弾いてるだけで、天空を駆けめぐるペガサスの気分になるのさ(嬉笑)」

 天真爛漫の笑顔で語るお猿さんに、倒れそうになった私だ。

 こんな面倒くさい世捨て人たちを上手に仕切っていたのがバンマス、クリス・スクワイアだった。〈唄うリッケンバッカー〉的な個性派ベースラインも去ることながら、〈世界一の珍獣使い〉の称号に相応しい。

 アンダーソンと〈ぶひぶひ鍵盤王〉リック・ウェイクマンが脱退したら、意表を突き極北の〈ニューウェイヴ・テクノ二人羽織〉バグルスの2人を吸収合併して、イエスを存続させた。

 さすがに世捨て人に愛想が尽き、〈スマートな万能ギター青年〉トレヴァー・ラビンと新バンドを組んだスクワイアだったが、ヒットの匂いに掌返したアンダーソンの出戻りを赦してしまう大人なのだ。

 自分が勝手に脱退しておきながら、イエスOBたちと組んだ新バンドが法律上「イエス」を名乗れなくてスネまくりのアンダーソンを、その〈イエスもどき〉全員ごと自らのイエスに引き取ったのも、スクワイアだった。

 こいつは単なるお人好し馬鹿なのか? ましてや、慈悲の心による単なる善行とはとても思えない。

 いつの取材か忘れてしまったが、イエスに出戻り「ほら、僕がいなけりゃイエスじゃないのさぁぁぁぁ」とはしゃぐアンダーソンの背後から、絵に描いたようなお手上げのポーズで私に失笑を投げ続けるスクワイアの目は、決して笑っていなかったのだから。

 そうなのだ。モラトリアム野郎ばっか雁首揃えても、誰か〈大人〉がいないと何も生産されはしないのである。現実家こそ最強のクリエイター、か。

 何はともあれ、合掌。

■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

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