「映画音楽家」としてのくるり・岸田 繁、 その手腕に寄せる期待

 自分が本作を聴いて思い出したのは、まだジョニー・グリーンウッドの映画音楽家としての才能を発見する前にポール・トーマス・アンダーソンがタッグを組んでいたジョン・オブライオンの作品、特に『まほろ』シリーズ同様にオフビートなコメディ作品である『パンチドランク・ラブ』のスコアだ。ちなみにジョン・オブライオンは80年代後半に人気を博したバンド、ティル・チューズデイの元ギタリスト。その後もエイミー・マン、ルーファス・ウェインライト、フィオナ・アップルなどの作品のプロデューサーとして活躍し、現在もコンスタントに映画音楽を手がけている。昨年のリアルサウンドでのインタビュー(くるりの傑作『THE PIER』はいかにして誕生したか?「曲そのものが自分たちを引っ張っていってくれる」)でもポール・トーマス・アンダーソン作品への愛着を語っていた岸田 繁だが、もしかしたら本作の音楽を制作する際にも、その念頭にはジョン・オブライオンの仕事があったのかもしれない。

 これはあくまでも平均値の話だが、自分は常々、アメリカ映画(≒ハリウッド映画)のクオリティと日本映画、いや、日本映画に限らずアメリカ以外の国で製作された映画のクオリティを分かつ最重要課題の一つに、スコアのクオリティの違いがあると思っている。特に21世紀に入ってから、機材や音楽関連ソフトの発達とともにそれなりのオーケストラ・サウンドが誰にでも作れるようになったことでスコアの平準化が進んだことと、劇場のドルビーデジタル化によって飛躍的にダイナミックレンジが広がったことで、映画においてスコアが果たす役割は大きく変わってきた。映画界からの「よりユニークなものを」「より重低音の効いたものを」という要請が、先に述べたようなロック/ダンスミュージック出身ミュージシャンを呼び込む要因の一つにもなっているに違いない(それらの新しいスタンダードは、80年代から第一線で活躍していた専業映画音楽家の作風の変化にも如実に表れている)。本作『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』は、少なくとも(本編の作品世界を壊さない範囲で)「よりユニークなものを」という21世紀映画界における要請に、決して奇をてらうことなく真っ当に応える作品となっている。もちろん、現在の岸田 繁にとってくるりの活動が本筋であるのは承知しているが、10年後、20年後の日本映画界を見据えた上で、岸田 繁の映画音楽仕事にはこれからも熱心に耳を傾けていきたい。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter

■リリース情報
『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』
発売:2015年4月15日
価格:¥2,200(+税)
品番:VICL-63728

【収録楽曲】
1.まほろのテーマ
2.悪夢
3.1月
4.マリちゃんを探せ
5.マリとハナ
6.多田便利軒
7.ルルご来店
8.シンちゃん登場
9.夜を越えて
10.指の傷
11.由良公のマンション
12.小さな運び屋
13.絶対零度
14.多田と行天
15.のり弁しゃけ弁
16.由良公のテーマ
17.8月
18.凪子と多田
19.行天の過去
20.凪子のテーマ
21.追跡
22.狂気
23.ゲームオーバー
24.ゴミ捨て場
25.行天と多田
26.12月
27.まほろ駅前狂騒曲
28.行天MRI
29.凪子からの依頼
30.焦る多田
31.はるちゃんが来るまであと六日
32.コーヒーの神殿・アポロ
33.俺の知らない行天
34.HHFAの畑Ⅰ
35.はるちゃんが来る二日前の夕方
36.小林のテーマⅠ
37.便利軒の夜Ⅰ
38.嘘
39.逃げるなよ
40.小林のテーマⅡ
41.便利軒の夜Ⅱ
42.便利軒の夜Ⅲ
43.亜沙子の寝室
44.多田と行天とはるちゃん
45.餃子
46.親子
47.HHFAの畑Ⅱ
48.横中バス
49.爺さんたちのバスジャック
50.シンちゃん下車
51.小林のテーマⅢ
52.神様の子ども
53.急げ多田
54.狂騒曲
55.凪子の恋人
56.行天と由良公
57.もうすぐ春

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