ゴーストライター騒動が生んだ注目コラボ 新垣隆は気鋭のサックス奏者・吉田隆一とどう出会ったか

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「和解の瞬間」記念写真

 いかがでしょうか。うーん……(笑)。

 ともあれ、吉田隆一と新垣隆は、村井康司の仲介によりそんなシャレのような出会いを果たし、意気投合した。その後、件のイベント「ワニ三匹」のゲストに出たり、幾度かのセッションを重ねていくことになる。

 共演で大きなものとしてまずあげるべきなのは、2014年7月に『週刊文春』が新垣に委嘱したテーマ曲「交響曲HARIKOMI」だろう。ニコニコ動画のイベント「ニコニコ超会議」で初演するにあたって協力を求められた吉田は、ジャズミュージシャンに声を掛けて“黒羊管弦楽団”を編成した(参考:ニコニコ動画/新垣隆作曲 交響曲「HARIKOMI」)。

 8月にはベルベットサンで開催された吉田隆一主催の連続公演に新垣が出演し、デュオでの共演が実現する。ここで今回の『N/Y』へと発展する萌芽が生えたわけだ。

 このデュオという編成、実は瓢箪から駒で生まれたものだったそうで、吉田はベースとドラムを加えたカルテットを想定していたのだが、ブッキングミスで二人だけになってしまったのだという。

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記者会見の模様

 吉田はblacksheepというトリオバンドの主幹をしており、新垣とのこのセッションは“blacksheep NY”というバンド名にするつもりだったのだと記者会見で語っていた。この実現しそびれた“NY”が、このたびのアルバムタイトルに採用というか流用されている。

 このときのデュオによる演奏を聴いていたのが村井で、プロデューサーとしてアルバム『N/Y』を実現することとなる。ライナーの「プロデューサーズ・ノート」から村井の言葉を拾っておこう。

「8月のベルベットサンでのデュオを聴いたとき、私の中にこれをきちんとした形で記録し、広く音楽ファンに届けたい、という欲望が湧き上がった」

『N/Y』の12曲は、相模原市のもみじホール城山で2014年11月13日に収録された。アウトテイクの3曲を含め、たった1日で15曲すべての録音が完了してしまったのである。村井によると、最大でも3テイクで済んでしまったそうだ。アウトテイクの3曲は、タワーレコード限定の特典CDに収められている。

 このホールが選ばれた理由は、ピアノだ。銘器ベヒシュタインを持っているのである。250名ほど収容できるこのホールに客は入れず、マイクを立てての一発録り。録音の様子は、映画監督・富永昌敬のメイキングビデオで見ることができる(参考:Making of 『N/Y』 新垣隆/吉田隆一)。

 収録曲は、性格で3タイプに分類できる。

 (1)即興、(2)作曲されたモチーフがあるもの、(3)カバー、である。

 (1)に分類されるのは、M1「Vertigo」、M5「Spellbound」、M7「Stage Fright」、M9「The Birds」、M11「Topaz」の5曲で、新垣・吉田の共作曲としてクレジットされている。タイトルはすべてヒッチコックの映画から採られているが、これはプロデューサー村井の思いつきだそうだ。

 (2)に分類されるのは、M2「野生の夢~水見稜に~」(吉田)、M3「秋刀魚」(新垣)、M4「皆勤の徒~酉島伝法に~」(吉田)の3曲。吉田作はどちらも、彼が偏愛するSF作品にちなんだタイトルである。

 SF作家・水見稜は、吉田―新垣の初デュオ演奏を目撃しており、その感想を小説「黒羊号の上昇と下降――そして異星で遭遇した音の群れ」として、吉田が編纂した同人カセットブック『ここがソノラマなら、きみはコバルト』に寄せている。

 (3)に分類されるのは、M6「怪獣のバラード」(東海林修)、M8「Embraceable You」(ジョージ・ガーシュイン)、M10「Sophisticated Lady」(デューク・エリントン)、M12「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」(武満徹)の4曲。

 だが実際に聴くと、(1)~(3)まで、印象には通底したものがある。モチーフや原曲があっても、即興の方法意識を基調に臨んでいるからだろう。記者会見で新垣に即興について質問すると、「まさに私の得意とするところです」という回答であった。

 新垣のピアノは、即興でもどこまでも端正で、響きの美しさを失わない。対する吉田は、菊地成孔をして「変な音を出させたら日本一」といわしめた、ある種の異形さを潜在させたプレーヤーだが、blacksheepなどと聴き比べるとあきらかに音が丸く滑らかで、新垣とのインターアクションが作用していることが実感される。

 定番の合唱曲である「怪獣のバラード」のセレクトに端的に現れているように、『N/Y』が意識しているのはポピュラリティだ。フリージャズと現代音楽という、ジャンル名を耳にしただけで顔をしかめる人が少なくない二つを掛け合わせてポピュラリティを獲得しようというのだから、まったく正気の沙汰ではない。

 だがこのアルバムは、音楽としての美しさというプリミティブな魅力によって、かなりいい線までリーチしてしまっている。

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

■リリース情報
『N/Y』
発売:2月11日
価格:2,500円(本体価格)+税

〈収録曲〉(カッコ内は作曲者)
M1. Vertigo(新垣隆、吉田隆一)
M2. 野生の夢~水見稜に~(吉田隆一)
M3. 秋刀魚(新垣隆)
M4. 皆勤の徒~酉島伝法に~(吉田隆一)
M5. Spellbound(新垣隆、吉田隆一)
M6. 怪獣のバラード(東海林修)
M7. Stage Fright(新垣隆、吉田隆一)
M8. Embraceable You(ジョージ・ガーシュウィン)
M9. The Birds(新垣隆、吉田隆一)
M10. Sophisticated Lady(デューク・エリントン)
M11. Topaz(新垣隆、吉田隆一)
M12. 明日ハ晴レカナ、曇リカナ(武満徹)

■出演情報
2月24日19時より、ライブストリーミングサイト&スタジオ「DOMMUNE」に出演。
【「フリー現代音楽」の誕生!〜新垣隆=吉田隆一『N/Y』リリース記念番組】
出演:新垣隆、吉田隆一、村井康司
DOMMUNE

■イベント情報
『N/Y』アルバムリリース記念ライブ
日時:3月12日(木)
開場18:30 開演19:00
出演:新垣隆(ピアノ)、吉田隆一(バリトンサックス)
会場:汐留ベヒシュタイン・サロン
チケットの購入はこちら

Facebook:新垣隆と吉田隆一
Twitter:新垣隆と吉田隆一

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