軍歌は国をあげてのエンタメだった!? 新たな史観を提示する新書『日本の軍歌』を読む

「ただの軍歌史ではない」ことのリスク

 著者の辻田真佐憲は1984年生まれだから現在30歳、執筆の時点ではまだぎりぎり20代、その年齢で軍歌歴20年というから相当なマニアあるいはオタクだ。軍歌を相対化して現在に繋げるというこの論理にはやや後付けな感じがしないでもないのだが、それでも好きが高じた果てで辿り着いた結論であることに間違いはないのだろう。

 ただ、ちょっと諸刃の剣かな、という気がするのだ。

 仮に安倍ちゃんがニュー軍歌制作に邁進しだした場合、往時のような国を挙げての熱狂に突き進むのを避けるにはどうすればいいか、といったことに関して、具体的な処方を示すまでにはいたっていない。本書の論調を展開すれば、そのあたりを詰めることが課題となっていかざるをえまい。

 今後懸念されるかもしれない事態に対する抑止力となることをこうまで強調する以上、「で、実際のところどうすればいいわけ?」という突っ込みに、それ相応の回答を用意する必要が、遅かれ早かれ出てくるだろうということだ。

 現実的に考えれば、イデオロギーに突き動かされた熱狂というのは、論理などでたやすく制御できるような質のものでない。歴史を振り返るまでもなく、今日でも周囲を見回せば例はいくらも転がっている。

「ただの軍歌史ではない」と付加価値をつけることは、そういうリスクを裏腹にはらむのではないかという懸念が湧いてしまったということだが、まあ、深読みではあるし、言論にそこまで実際的なパワーを求めることもまた現実的な話ではないといえばそれまでの話だ。

 そういった若干の引っかかりはあるものの、何しろ20年分の蓄積を存分にぶちまけた一冊であり、コンパクトな概説書がなかった分野なので、読んで損をするということはないはずである。

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

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