「バンドシーンの人気者」から「ポップの主役」へ パスピエが『幕の内ISM』以降に示す可能性とは?

「バンドシーンで人気」ではなく「日本のポップミュージック」として

 パスピエというバンドの特徴を「音楽における緩急を理解した上で、ギターに偏らないバンドサウンドを鳴らしている」と言語化した場合、そこから何が言えるだろうか。この問いに対して、期待を込めてではあるが「このバンドは、間口の広いポップミュージックを奏でる資格を持っている」と答えたい。「間口の広い」とは「大衆の感情に寄り添い、さらには特定の感情を喚起することができる」とも言い換えられるが、彼らの音楽にはそのために必要なドラマチックな要素(=緩急!)がすでに搭載されている。そして、バンドというフォーマットをとりながらギターの呪縛から自由になっている構造は、今後の音楽的なチャレンジ(ストリングスやホーンの導入など)にとってもプラスとなるだろう。「バンドシーン」にターゲットを定めて『演出家出演』というアルバムを作って成果を得たようなことが、もっと広いフィールドに対しても実現できるはずである。

 『幕の内ISM』に関するインタビューでは成田が荒井由実を引き合いに出していたが、パスピエの曲にはそういうレベルでのポピュラリティーを感じさせるナンバーが現段階でも数多く存在する。先日のライブでも演奏された“七色の少年”や“最終電車”は、清涼飲料水のタイアップがついてもおかしくないくらいのポップソングだ。ロックバンドとしての明確なアイデンティティを持ちながら、商業フィールドにおいても広い支持を得られる可能性を秘めている音楽。僕はそこに、様々なバンドがメディアとチャートを席巻し、音楽という娯楽が世の中の中心にあった90年代の匂いを感じてしまう。それは決してノスタルジーではなく、「このバンドは、日本のポップミュージックそのものの地位をもう一度引き上げてくれるかもしれない」という夢や希望のようなものだ。

 パスピエを語る際に「クラシックとロックの融合」というコピーがよく使われるが、このバンドにはもっとたくさんの文脈が流れ込んでいる。70年代のシンガーソングライター文化、妖しげで煌びやかなジャパニーズニューウェイヴ、メガヒット時代のキャッチーなJ-POP、インターネットカルチャー、ロックフェス。「クラシック×ロック」というのはあくまでも表層の話であって、パスピエというバンドの本質は「これまで日本の音楽シーンを彩ってきた様々な文化の交差点」である。それは、たとえば「音楽シーンの縦軸と横軸」を意識しながら新しい音楽を生み出そうと奮闘しているtofubeatsと近いものがあるのかもしれない(この2組がレーベルメイトなのは必然的な何かがあるのだろうか?)。

 自分たちが持つ特定の側面にリソースを集中させて大きな支持を得た2013年を経て、『幕の内ISM』というバンドとしてのバラエティ感を強調する作品を生み出したパスピエ。このバンドが、フェス大好きキッズだけのものでもなければ「音楽マニア」だけのものでもなく、もっともっと幅広い層に愛される存在になることを願ってやまない。

■レジー
1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。

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