>  >  >  > 史上最高のロック詩人ルー・リードの軌跡

追悼ルー・リード 誇り高きロック詩人は、なぜ高いイメージと評価を保ち続けたのか

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小野島大
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 今回は先ごろ亡くなったアメリカ最高のロック詩人、ルー・リードを取り上げます。

 といっても50年近いキャリアを持ち、発表したアルバムも膨大な数に上ります。今回はヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退しソロに転じてからの歩みをかいつまんでお送りします。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退してソロになったルーが最初に飛ばしたヒット曲がこれ。セカンド・アルバム『トランスフォーマー』収録曲で、ロンドン録音。プロデュースは当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったディヴィッド・ボウイと相棒のミック・ロンソン。当時のロンドンはグラムロック・ムーヴメントの真っ最中で、ルーも化粧をしていました。今もって彼の代表曲として聴き継がれる名曲であり、ロックのある側面を象徴する曲です。

Lou Reed - Walk on the wild side(1972)

ルー・リード『トランスフォーマー』(SMJ)収録

 『トランスフォーマー』のヒットを受け制作されたのが3枚目のアルバム『ベルリン』。耽美で退廃的なルーの最高傑作のひとつとして一部で熱狂的に支持される作品ですが、発表当時は評価が低く、セールスも惨敗。落胆したルーは長い間ライブで『ベルリン』収録曲を封印していました。この演奏は、2006年、映画作家ジュリアン・シュナーベルを舞台演出に迎え、『ベルリン』の全曲再現ライブを敢行したときのもの。

Lou Reed - SAD SONG (live)

ルー・リード『ベルリン』(SMJ)収録

 そして1975年には大問題作『メタル・マシーン・ミュージック』をリリース。現在ではノイズ・アバンギャルドの元祖としてカルト的な支持を集めるアルバムですが、当時はまったく理解されませんでした。ルーはこの34年後の2009年に「LOU REED'S METAL MACHINE TRIO」なるバンドを組み『THE CREATION OF THE UNIVERSE』というライブ・アルバムを発表しています。『ベルリン』の件といい、なかなかルーさんは負けず嫌いでプライドが高い人のようです(笑)。それにしても文句を言いながらも『メタル・マシーン・ミュージック』のリリースを許したRCAはなかなかの太っ腹だったと言えます。

Lou Reed / Metal Machine Music, Part 1 (1975)

ルー・リード『メタル・マシーン・ミュージック』(Buddha)収録

Lou Reed's Metal Machine Trio (1) (Live in Copenhagen, April 24th, 2010)

LOU REED'S METAL MACHINE TRIO『THE CREATION OF THE UNIVERSE』(Sister Ray)収録

 『メタル・マシーン・ミュージック』の件でRCAと気まずくなったルーはアリスタに移籍。この曲に見られるロックンロールへの偏愛も、ルーらしさでした。彼はかって筆者とのインタビューで、ピアノなどほかの楽器ではなくギターを選んだ理由を「ギターの方がロックンロールだと思ったのさ」と答え、「ロックンロールはMy version, my musicであって、こだわりはある」と語っています。

Lou Reed / Rock And Roll Heart (Live N.Y.C 1977)

ルー・リード『ロックン・ロール・ハート』(BMG JAPAN)

 しかしアリスタで思うような成功を得られず、RCAに戻ったルーはバンドをスリムな4人編成に組み換え、シンプルでコンパクトで無駄のないバンド・サウンドを目指した『ザ・ブルー・マスク』をリリース。ルー中期の最高傑作のひとつであり、その後のルーの基盤となった名作です。ギターのロバート・クワインは元リチャード・ヘル&ヴォイドイズというパンク上がり。

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