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『アンパンマン』の作者やなせたかしさん 作詞家としても大きな存在だった

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 『アンパンマン』の作者で漫画家のやなせたかしさんが13日、心不全のため東京都内の病院で亡くなった。94歳だった。

 やなせさんは、60歳を過ぎてから『アンパンマン』がヒットした大器晩成型の表現者として知られているが、それ以前にもグラフィックデザイナー、放送作家、作詞家として多方面で活動していた。『アンパンマン』が生まれる約10年前の1961年に作詞を手がけ、知り合いだったいずみたくが作曲した「手のひらを太陽に」は、特に大きな功績として残っている。同曲は1965年にボニージャックスが歌い、その暮れの『第16回NHK紅白歌合戦』で放送され、現在のように広く知られるようになった。

 もともと音楽が好きだったやなせさんは、『アンパンマン』の大ヒット後、キャラクターごとにたくさんの歌を作っている。「いけいけ!どんぶりまんトリオ」や「私はドキンちゃん」などに見られるユニークな歌詞は、講談や演歌にも通じる名調子で、数世代にわたる親子に親しまれた。

 「手のひらを太陽に」と「アンパンマンのマーチ」はメッセージソングの側面も強く、東日本大震災の直後には被災地のラジオで流れ、人々の大きな励ましとなった。2011年3月、やなせさんは朝日新聞に「子どもたちが、ラジオから流れてきたアンパンマンのテーマソングにあわせて大コーラス、というちいさなニュースは、わずかにぼくをなぐさめた。ぼくも歌っている。おそれるな元気をだせと歌っている」と談話を寄せている。大きな悲しみや挫折から、いかにして立ち直っていくか。それは戦争体験世代であるやなせさんの終生のテーマでもあった。

 やなせさんは毎年、『アンパンマン』の声優や出版関係者らを招待して誕生会を開いていた。今年2月にも出席した関係者によれば、歌が大好きなやなせさんは、カラオケをダンス付きで長時間歌い続けることもあったが、誰もがその姿を微笑ましく見ていたという。周囲の人々に愛される人柄だった。

 作詞家・詩人としては後進を育てることにも熱意を注ぎ、詩の公募雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)を1973年から30年間刊行。その後継誌『詩とファンタジー』(かまくら春秋社)の責任編集を亡くなるまで務めた。余談だが、レイアウトが美しい『詩とファンタジー』は、リアルサウンド編集部の書棚にも並んでいる。

 『アンパンマン』と同様、生きることの喜びと決意をシンプルに表現した名曲群は、いつまでも聞く人の背中を押し続けるに違いない。
(文=編集部)

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