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中森明菜の復活を後押しするか? 『ポスト』ノンフィクション連載がついに“核心”へ

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週刊ポスト
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 中森明菜が無期限の活動休止に入ってから、この10月で丸3年が経つ。復活を待ち望むファンが多い中、今年7月から『週刊ポスト』で連載中のノンフィクション『孤独の研究 中森明菜とその時代』が、いよいよ佳境を迎えている。

 ジャーナリスト・安田浩一氏による同連載は、実父や次兄といった本人の家族をはじめとする周辺取材をもとに、幼少時からの明菜の足取りを追うものだ。また、デビュー当時の所属レコード会社ワーナー・パイオニアの担当ディレクターや、1990年まで所属した事務所・研音の社長や現場マネージャー(いずれも当時)といった関係者にも数多く取材しており、音楽ファンにとって貴重なエピソードもしばしば出てくる。たとえば、来生たかお作曲によるデビュー曲「スローモーション」とは別に、あの加藤和彦が“幻のデビュー曲”を作っていたという。その曲は「あまりにも退嬰的」との理由でお蔵入りし、残念ながら音源も残っていないそうだ。

 実際の連載では、明菜のパーソナリティの描写に多くの紙幅が割かれている。「少女A」でブレイクを果たした当時は、大人びた生意気な少女という印象の強かった彼女。89年の自殺未遂騒動などを経て、現在では“あやうい”というイメージを持っている人も少なくないだろう。しかし幼少期やデビュー前のエピソードからは、また違った明菜像が浮かび上がってくる。第9回目までの連載分から、印象的なエピソードを紹介しよう。

 6人兄弟の4番目として育った明菜は、幼少期から歌を好んでいた。4歳からはモダンバレエを始め、14歳になるまで休みなく通った。その熱心さに、講師は明菜を「本当に真面目」と評している。また、中学1年の担任によると「天真爛漫な子」で、担任が落ち込んでいるときは決まって「先生、がんばって!」と声をかけてくれたという。「少女A」でブレイクした当時の明菜は不良少女の雰囲気をまとっていたが、根っからの“ワル”ではなかったことがわかるエピソードだ。安田氏は「昔も、そして今も、明菜はいくつもの顔を持っている」と記しながら、真面目な部分もあやうさも、全てをひっくるめて明菜なのだ、というスタンスで連載を進めていく。

 デビュー前に関係者へ挨拶をする際、いつも深々とお辞儀をし、皆に“常識的ないい子”という印象を与えていたという明菜。厳しいボイストレーニングにも弱音ひとず吐かずに取り組み、メディア各社への挨拶のために地方をめぐって頭を下げ続けた。また、デビュー直後の野外イベントで大雨が降った際には、主催者が中止を検討する状況にも関わらず「歌います」とステージに立ち、髪を濡らしながらも歌い切る根性をみせた。安田氏は「明菜は前のめりに生きていく女だった」と表現する。

     
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