>  >  > 洋楽誌『クロスビート』休刊の背景事情

宇野維正の「音楽雑誌・書籍を読む」 第2回:『クロスビート』

そして、メタルと老人が残った ーー洋楽誌『クロスビート』休刊に寄せて

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 洋楽誌『クロスビート』休刊について書くにあたって、まず自分の立場を明らかにしておきたい。創刊当初の80年代後半から90年代前半にかけては熱心な読者として。90年代中盤は同じ洋楽誌である『ロッキング・オン』の編集者として。今年創刊25周年を迎え、その矢先に休刊が決定した『クロスビート』だが、その存在を日常的に意識していたのは、したがってその歴史のちょうど上半期の10数年ということになる。これから書くのは、そのくらいの非インサイダーの立場からの『クロスビート』への「追悼文」、そして元インサイダーの立場からの洋楽誌全体への「追悼文」である。

 そもそも『クロスビート』とは何だったのか? Wikiをチェックしてもテキトーな情報しか書かれていないし、休刊の情報が流れてからのSNS上の書き込みなどを見ても、史実を正確にとらえている人間が少ないので、そこから定義していきたい。よく言われる「『ロッキング・オン』のライバル誌」という『クロスビート』の位置付けは、正確に言うと少し違う。創刊のきっかけは、80年代中盤、それまで洋楽誌ナンバーワンだった『ミュージック・ライフ』(シンコー・ミュージック刊)が、『ロッキング・オン』(ロッキング・オン刊)に抜き去られたことにあった。シンコー・ミュージックは自社の屋台骨である『ミュージック・ライフ』をロッキング・オン化させるのではなく、新たにロッキング・オン的な雑誌を創刊する道を選んだ。それが『クロスビート』だった。ちなみにここで言う「ロッキング・オン化」「ロッキング・オン的」とは、メジャーのアングロサクソン系白人ミュージシャンへの憧れをベースとする主に女性読者を対象としたグラビア中心の誌面ではなく、インディーズのミュージシャンも視野に入れたよりインタビューや読み物中心の誌面、という程度の意味。ちなみに、『ミュージック・ライフ』イズムを死守するために『クロスビート』を創刊させたシンコー・ミュージックだったが、ちょうどその10年後の1998年、結局『ミュージック・ライフ』は休刊となってしまう。

 誌面に登場するミュージシャンは似通っていたものの、『クロスビート』の編集方針は、『ロッキング・オン』と当初から明確に差別化されたものだった。デザイン優先の表紙&写真ページ、長文のインタビューページ、素人の投稿ページと全体的にザックリとした編集の『ロッキング・オン』と比べて、『クロスビート』はディスコグラフィーなどの情報ページの強化、ブラックミュージックやダンスミュージックを含むより広範なジャンルにまたがるディスクレビュー、ディスクレビューにおける採点(星)制、年間ベスト&当時の英国有力音楽紙NMEを倣ったリーダーズポールなどを導入。90年代初頭には、ストーン・ローゼズの日本デビュー前からの大プッシュ(この時期に『ロッキング・オン』は飛躍的に部数を伸ばした)以降、UKロック/インディーズに傾倒していった『ロッキング・オン』と比べて、USロック/インディーズに強い『クロスビート』というイメージも定着していった。

 そうした『クロスビート』の編集方針は一定の支持を受けるが、創刊当時高校生だった自分の実感としては「まず『ロッキング・オン』を買って、それで飽き足らない洋楽ファンが情報源として2冊目に買う雑誌」というものだった。発売日を『ロッキング・オン』にぶつけるのではなく、約半月ずらしていたのも、まさにそんな読者の傾向を押さえたものだろう。そして、こういう言い方をすると気を悪くする人もいるかもしれないが、『ロッキング・オン』の編集部に入ってから痛感したのは、外部から感じる以上に、『ロッキング・オン』が『クロスビート』をまったくと言っていいほどライバル視していないということだった。単純に、発行部数が2倍も3倍も違っていたし、ほとんどの局面においてレコード会社がセッティングする取材の現場でも『ロッキング・オン』の方が優遇されていた。

 雑誌が健全に発展していく上では、そのジャンルで一人勝ちすることではなく、ライバル誌と切磋琢磨していくことが重要だ。そういう観点から、90年代中盤にロッキング・オン社は『ロッキング・オン』のライバル誌として『buzz』という洋楽を中心としたカルチャー誌を創刊して、『クロスビート』に発売日をぶつけた。『buzz』には創刊時から携わっていたので憶測ではなく事実として述べるが、そこには当時の不甲斐ない「競合誌」に見切りをつけて、自社から『ロッキング・オン』の競合誌を出してしまおうという明確な意図があった。

     
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