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追悼・藤圭子 ジャンルを超えた大名曲「夢は夜ひらく」の知られざる歴史

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 歌手・藤圭子が8月22日、西新宿のマンションから飛び降り自殺を図り、大きなニュースとなった。いまでは宇多田ヒカルの実母として語られることのほうが多かった彼女だが、デビューアルバムの『新宿の女/"演歌の星"藤圭子のすべて』、続くセカンドアルバム『女のブルース』の2作品がオリコンチャートで37週連続1位という前代未聞の記録を打ち立てたほどの歌手。この記録は宇多田をもってしても破れていない。なかでも彼女の最大のヒット曲は「圭子の夢は夜ひらく」。若い読者にはピンとこないかもしれないが、実はこの曲、新たなロックシーンを切り拓いた名曲としても誉れ高いのだ。

藤圭子『藤圭子 GOLDEN☆BEST』(BMG JAPAN)収録

 もともとこの「夢は夜ひらく」は、1966年に園まり、緑川アコ、藤田功と愛まち子、バーブ佐竹の4者がレコード会社を超えた"競作"というかたちで発売。これを70年に石坂まさをが"圭子バージョン"で詩を付け直し、不朽の名曲「圭子の夢は夜ひらく」は誕生した。もっとも有名となった園のバージョンは昔自分をふった男を思い出す"よくいる女"の詩で、いかにもムード歌謡といった趣なのだが、藤圭子バージョンは、暗い人生を送ってきた女の情念が効き過ぎるドスで表現され、ニコリともしないで浪々と歌い上げる様は、聴く者を有無も言わせず暗黒世界へ引きずり込んだ。その翳しかない歌声と表現力は、いま聴くと"演歌を歌うジャニス・ジョップリン"ともいえる存在感で、椎名林檎のデビュー時における作為的な"新宿の女"的アングラ演出など泣いて土下座するほどの「ホンモノ」感だ。

 曲調こそムード歌謡だが、歌に込められた魂はまさしくブルース──この「圭子の夢は夜ひらく」にビビッドに反応したのは、情念のフォークシンガー・三上寛だ。翌71年、三上は自詩で「夢は夜ひらく」を発表。サルトルにマルクス、銭湯、あしたのジョー、四畳半......歌詞には当時の"夢やぶれた"学生の姿が重なり、もって行き場のない息苦しさが充満した仕上がりに。とくに、ヌード写真に向かって射精しては拭き取るという歌詞なんかも登場して、すえたイカ臭さはフォーク界、いやロック界においてもナンバー1。「リア充爆発しろ」とつぶやく現代の男子諸君には、ぜひともコレを聴いて、自分の精子がそんなに臭くない、まだまだ絶望という名の熟成が足りないことを確かめて欲しい名曲である。

     
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